そのプレゼンテーションに戦略はあるか?孫正義 奇跡のプレゼン

プレゼンの達人と呼ばれ、奇跡とも呼べる企業提携を世界中で実現してきた孫正義氏。「戦略とは『略』すこと」と述べる氏によるプレゼンの具体例から考えてみる。

» 2014年01月30日 11時00分 公開
[三木雄信,Business Media 誠]

連載『孫正義 奇跡のプレゼン』について

 プレゼンの達人と呼ばれ、奇跡とも呼べる企業提携を世界中で実現してきた孫正義氏。実は、そのプレゼン戦略は非常にシンプルで明確だった。

  • 結論から言え
  • 数字の裏付けを示せ
  • メモは持つな
  • 口調は初めに低くゆっくりと
  • アイコンタクト
  • ユニクロのポロシャツ

 など、誰もがすぐに実践できるものばかり。不可能を可能にする孫正義の伝える技術、その極意を凝縮して紹介する。

 この記事は2011年12月1日に発売された『孫正義 奇跡のプレゼン』(三木雄信著、ソフトバンククリエイティブ刊)から抜粋、再編集したものです。


 「10秒考えて分からないことは、それ以上考えても分からない。それ以上無理に考えることは時間の無駄だ」

 孫正義のプレゼンテーションが誰にとっても理解しやすいことは、よく知られている。ともすれば、IT企業のプレゼンテーションは英語の専門用語が頻出し、業界について一定の知識がないと理解しにくいことが多い。しかし、ソフトバンクの株主総会では、どんな年配の方でも十分理解して帰っていく姿が当たり前のように見られる。

 それは、スライドの1枚1枚の「メッセージ」が明確で分かりやすく、その内容を理解するために特別の集中力を必要としないからだ。誰もがプレゼンテーションの内容が分かるように、比喩を用いるなどの工夫もなされている。だが、スライドの一枚一枚の「メッセージ」が分かりやすいことが重要なのではない。それよりも重要なことは、プレゼンテーション全体の「メッセージ」がシンプルで骨太なことだ。相手をとらえて離さないような、存在感のあるメッセージでなければならないのだ。

 孫正義のプレゼンテーションは、細かな論理の積み重ねで構成されているのではない。そのプレゼンテーションの背後には、孫正義の見通す「戦略」が明確に存在している。孫正義のプレゼンテーションには、その「戦略」を示すキーになるスライドが埋め込まれているのだ。時には、プレゼンテーション全体をその1枚のスライドに集約してもよいほどの「戦略」的な「メッセージ」が込められている。

 このような「戦略」に基づくプレゼンテーションによって、孫正義のプレゼンテーションは、全体の構成がシンプルで骨太になり、1つの「メッセージ」となって強力に聴衆に伝わるのだ。それは、まるで無数の光を束ねたかのように、強く光り輝いている。

孫正義の「戦略論」

ソフトバンクアカデミア 2014年4月度エントリーサイトより

 孫正義は、ソフトバンクグループの将来の後継者を育成することを目的に設立したソフトバンクアカデミアにおいて、「戦略」について説明している。一般的な経営学の教科書に書いてあるような通り一遍の説明ではない。それよりもはるかに分かりやすく本質的な孫正義流の説明だ。

 一般的な経営学の教科書では、「戦略とは、企業が自らの置かれた環境の機会や脅威に対応して、自社の強みと弱み、競合他社の強みと弱みを把握しながら、自社を維持・発展させていくための一連の方策」と説明されている。

 これに対して、孫正義によれば、「戦略とは情報を徹底的に集め、枝葉を除去し一番太い幹になるものだけに絞り込み、これをやらなければならないという急所を見つけること。つまり戦略の本質は、『略』すること」と定義されている。何というシンプルで的を射た説明だろうか。この戦略の本質は、ソフトバンクの経営に貫かれている。そして、その経営を表現した孫正義のプレゼンテーションにも強く反映されている。

 こうした孫正義の戦略的なプレゼンテーションの一つとして、「自然エネルギー財団の設立」を明らかにした際のプレゼンテーションを見てみよう。2011年4月20日、孫正義は自然エネルギー財団の設立を表明した(「東日本大震災復旧、復興検討委員会復興ビジョンチーム会合」にて。実際の設立は2011年9月12日)。この財団は、ソフトバンクの事業ではなく、孫正義の個人資産で設立され、日本のエネルギー政策について提言することを目的とした財団だ。

スライド 「自然エネルギー財団設立」表明におけるプレゼンテーション資料をもとに作成したスライド

 このときのプレゼンテーションで最も重要な「戦略」的スライドは、上の一枚のスライドだ。プレゼンテーション全体が、この一枚に集約されていると言っても良いだろう。

 このスライドは、米国では原子力発電のコストが年々上昇傾向にあり、太陽光発電のコストは下がってきていることを「メッセージ」としている。スライドでは原子力発電と太陽光発電のコストが折れ線グラフで示され、それぞれの傾向が一目で理解できる。そして、これらの2本の折れ線は2010年の辺りで交差し、その差は年々開いていく傾向であることも分かる。

 孫正義の説明によれば、「原子力発電は安価だ」という原子力発電を推進する論拠としてよく引用される「原子力発電のコストは7円/キロワット時」という数字は、30年以上も前のものだ。現在は、原子力発電のコストは上昇傾向にあり、15円/キロワット時前後にまで上昇してきているという。さらに今後、原子力発電のコストがより一層上昇していくであろうことは、当然のこととして予想される。福島第一原子力発電所の事故のため安全対策のコストやそれに関連して保険料も高騰することが容易に想像できるからだ。一方で太陽光発電のコストは、市場拡大や技術革新によって下がる傾向にあり、今後はさらなる市場拡大や技術革新などで、よりいっそう低下していくだろうとしたのだった。

 このスライドでは、「将来は太陽光発電が原子力発電よりもはるかに安価になる」というメッセージが強力に示唆されている。このような時系列的な変化は、口頭で説明してもかえって分かりにくい。それに比べて、グラフで視覚的に示すことによって、誰もが一瞬で理解できるものとなるのだ。

 このスライドのグラフの「メッセージ」は非常にシンプルで強力だ。「将来的には原子力発電から太陽光発電などの自然エネルギー発電に変わっていくだろう」ということが、強い「メッセージ」として誰にでも伝わるものとなっている。この一枚のスライドがこの日の孫正義のプレゼンテーションの根幹を成していると言っていい。この「戦略」的なスライドによって、孫正義のプレゼンテーションの全体としての「メッセージ」までもが、非常に強力なものとなっているのだ。

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