もちろん、物理的に着用しているわけではないので、「脱ぐ」気持ちになるというだけの話だが、これが意外とよく効く。
「私の人格をまで叱られたり、キツイ言葉にさらされたりしたわけでなく、○○という着ぐるみがその言葉を受けたのだ」と思えば、のちのちまでネガティブな感情を引きずらずに済む。
もちろん、反省しないということではない。失敗やトラブルが起こったり、他者に迷惑をかけたりした場合には、叱責やクレームが出てくるのは当然だし、それをきちんと受け止めて、反省すべきは反省する必要がある。そこをいい加減にしてはダメだ。あくまでも、すべき対処はきちんとした上で、いつまでも自分の心身に影響を残さないための措置が「着ぐるみを脱ぐつもりになる」ということである。
着ぐるみにはバリエーションがあるといい。
仕事においては
「管理職としての着ぐるみ」
「エンジニアとしての着ぐるみ」
「店員としての着ぐるみ」
「看護師としての着ぐるみ」
など、職業や役割などによって複数の種類を持つ。
プライベートでも、
「妻としての着ぐるみ」
「父としての着ぐるみ」
といったように、自分の役割や立場で使い分ける。
一人の人間は、複数の着ぐるみを持っているはずだ。そして、それぞれの役割につくとき、「今、私は、この『役割』に関する着ぐるみを着て他者と関わっている」「その着ぐるみを脱いだので、その役割はいったんおしまい」と頭の中でスイッチを切り替えていけばいい。こういう風に気持ちをスイッチすることにより、仕事もプライベートも今より少し楽な気分になれる。
この考え方を思いついたきっかけがある。
私は人材育成の現場で、講師の仕事をしている。30代の頃、後輩の講師たちが数年経つと退職したり、異動願いを出したりする場面に時々遭遇した。話を聴くと、「受講者から厳しいフィードバックを受けたことがずっと心にひっかかっている」などと言う。
サービス業に従事していれば、誰もが何か厳しい言葉を投げかけられてしまうことは少なからずあるのだが、若手にはそれを受け止める度量がまだ備わっていないことも多い。そして、他者の言葉によって心を痛める。「土日も気になって眠れない」とか「言われた言葉をずっと引きずってしまう」という人も多かった。講師として活躍しているにも関わらず、落ち込んだ気分を引きずらないようにするにはどうしたらよいのか。そこで考え、使い始めた言葉が「着ぐるみ理論」なのだ。
その時々で自分が果たすべき役割を「着ぐるみ」として着たり脱いだりする。そして、脱いでしまった「着ぐるみ」のことは、いったん忘れる――。そんな「着ぐるみ理論」は誰でも使えるので、ぜひ、お試しあれ。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
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