“ドラえもん学”って知ってる? あの「スネ夫」から学ぶ処世術とは?『「スネ夫」という生き方』(1/2 ページ)

誰もが子供のころ親しんだ「ドラえもん」。このドラえもんを学術的に分析したのが『「のび太」という生き方』の著者である富山大学教授の横山泰行氏(教育学部)だ。横山氏は「スネ夫はMCなんですよ」と話す。

» 2012年09月03日 13時55分 公開
[まつもとあつし,Business Media 誠]
富山大学の横山泰行教授。ドラえもん学の“権威”だ
『「のび太」という生き方』 「のび太」という生き方』。発売数年後の読書感想文をきっかけにロングセラーに

 本日9月3日は、誰もが子供のころ親しんだ「ドラえもん」の誕生日(2112年9月3日生まれ)だ。1969年に登場したこの作品は秘密道具や魅力あふれるキャラクターによって40年以上の長きにわたり愛され続けている。

 このドラえもんのコミックス全45巻を学術的に分析しているのが『「のび太」という生き方』『「スネ夫」という生き方』の著者で、富山大学の横山泰行教授(教育学部)だ。「ダメな奴の代名詞」とも捉えられがちなのび太、「媚びへつらう嫌な奴」にも見えるスネ夫だが、氏は彼らを今この時代にこそ学ぶべき存在と話す。

――2004年に出版した『「のび太」という生き方』は当初1万部くらいの売れ行きだったそうですが、2010年に再び注文が殺到したそうですね。

横山 そうですね、mixiなどのSNSで突然話題になりました。そのきっかけが逗子開成中学の学生さんが書いた読書感想文だったんです。とても良い内容がネットで話題となったようなんですね。その後、東日本大震災が起こり、改めて自分の生き方を模索するためでしょうか、東北地方のコンビニエンスストアでも販売したところ大変好評でした。

――そして現在では14万部を超えるベストセラーに。息が長い作品となりました。

横山 「リア充」という言葉も最近話題になりましたが、本書を読んだ人が「のび太は実はリア充だ!」という反響を寄せたことも印象的です。でも、未来ののび太はしずかちゃんと結婚していますから、確かにリア充なんですよね(笑)。

全ての作品に登場するのび太


『「スネ夫」という生き方』 「スネ夫」という生き方』。8月27日発売の新刊

――『「のび太」という生き方』そしてその続編とも言える『「スネ夫」という生き方』は、よくあるファンが作品を語る本ではなく、データに基づいてそこに作者である藤子・F・不二雄さんが込めたであろう思いをひも解いているのが特徴です。

横山 わたしは大学の卒論で生涯スポーツをテーマにしたのですが、そこでドラえもんに登場する「昭和の遊び」の変遷をまとめたのが「ドラえもん学」をはじめた起点です。漫画連載だけでも25年、その間の子供たちの生活がリアルに描写されていることにわたし自身驚かされました。例えば、空き地に土管のある風景は今ではほとんどなくなりましたが、1960年代の漫画では好んで用いられたモチーフなんです。

 20世紀後半は漫画の世紀とも言え、その中でもドラえもんは日本だけでなくアジア、ヨーロッパ、中南米、中東など多くの国・地域で子供たちに熱烈に支持されたスーパースター的存在です。海外では近現代の大衆文学を学問的に捉える研究もさかんに行われていますが、世界の共通財産たるドラえもんも十二分にその対象になると考えています。

――現在でこそアニメやマンガに対して多くの研究が行われていますが、当時は珍しかったのではないでしょうか?

横山 そうですね。1999年から教養課程で「コロキウム」という単位取得外の授業が行えるようになり、そこでドラえもんを計量的に捉える講義を始めたのですが、初回は物珍しさもあって教室は満員、でも2回目からは10人くらいになってしまいました(笑)。学生が聞きたい話というのはネットにいくらでも転がっていますが、わたしはイギリスでシャーロック・ホームズのような古典的かつ普遍性を持つコンテンツがどのように研究されているか、ということを踏まえ、まずはドラえもんに登場する登場人物のセリフ、道具の種類、コマの数といった基礎的なデータを蓄積していきました。作中の看板も含め文字情報は全て入力し14年間の取り組みでそれらのデータは16万件以上になります。

 これまでもドラえもんは単発で研究の対象になることはありましたが、長きにわたって継続的に研究する人はほとんどいません。このデータや研究を通じて収集計画が策定された「ドラえもん文庫」が今後の多角的な研究の礎になればと考えています。

――そのデータベースから見えてきたことを、著書では分かりやすく紹介しているわけですね。

横山 意外だったのが、のび太はドラえもんよりも登場回数が多いんですね。全ての作品に唯一登場するのび太に対して、ドラえもんは7作品に登場しない。代わりにドラミちゃんが出てきます。そして、圧倒的にのび太の登場コマ数、吹き出しの数が多い。登場コマ数は全体の6割に達します。ドラえもんの1.5倍以上の頻度なんです。藤子先生は「のび太は自画像だ」と仰っていますが、それを裏付ける数字とも言えるでしょう。

 のび太はドジでさえない男の子の象徴のように捉えられていますが、作品を通して読むと、必ずしもそうではない面が見えてきます。もし主人公であるのび太が秘密道具に頼る自立できないだけの存在だったらこの作品が世界中でこれだけ読まれることはなかったでしょう。道具で一時的に問題が解消されても、それを濫用・悪用したりする場面があってしっぺ返しを喰らう。結局は自分自身で問題を根本的に解決しないというメッセージが根底にあることがわかります。短編に比べて長編でそれは顕著ですね。

――象徴的なのは「さようならドラえもん」で未来に帰るドラえもんを安心させるためにジャイアンと道具に頼らず対決するエピソードです。

横山 連載当初は掲載媒体の都合もあり2年で終了することになっていましたので、てんとう虫コミックスの第6巻という早い段階でこのお話が出てきます。わたしはこのエピソードを読んでドラえもんがのび太の一種「コーチ」であると感じました。現代のコーチングは、問題解決の糸口は当事者が持っているという前提に立ちます。もしドラえもんがやってこなければ、のび太がジャイアンに対して敢然と繰り返し立ち向かうということはなかったでしょう。ドラえもんの叱咤激励によって、のび太のそういった一面が現れたわけです。「のび太の結婚前夜」ではしずかちゃんの父が認めるにまで成長します。

――コーチングもさることながら、秘密道具によって能力が一時的に拡張され、次はそれに頼らずにその状態を目指す、というのはスポーツにも通じる話かもしれませんね。

横山 そうですね。秘密道具は「触媒」の意味合いを持っていると思います。そしてそれらの道具は現在別の形で実現しているものもあります。携帯電話となった「糸なし糸でんわ」がその代表例ですね。相手をその場所に誘導する機能はカーナビにも通じますね。ただ秘密道具そのものが実現したか、あるいはいつするか、という以上に藤子先生は「いつまでも夢を見続ける」ことの大切さを説いているのではないかと思います。そうすれば、3大道具「タケコプター」「タイムマシン」「どこでもドア」による世界を私たちはインターネットで手に入れたように、違う形でそれは実現できるかもしれませんから。

ドラえもん“生誕100年前”を記念したGoogle「みらいサーチ」の動画。3大道具「タケコプター」「タイムマシン」「どこでもドア」を「違う形で実現できるかもしれません」という横山氏の“予言”通りの未来はすぐそこかもしれない
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