湯川秀樹も愛した日本最古のシステム手帳、よみがえる“システムダイアリー”手帳2013(1/3 ページ)

手帳が好きな人ならその名を知っているであろうシステムダイアリー。1968年に誕生した純国産のシステム手帳だ。最近はやや影が薄かったが、復活の兆しが見えてきた。きっかけは1人のユーザーの小さな偶然からだった。

» 2012年07月26日 11時30分 公開
[舘神龍彦,Business Media 誠]

 1990年代に絶版になりながらも復活したモレスキン。やはり一度はブランドが途絶しながら奇跡のカムバックを果たしたコーリン色鉛筆。文具の世界には、時々こんな風に復活するブランドがある。


  モレスキン(画像左)とコーリン色鉛筆(画像右)

メイドインジャパンのバインダー規格

 今回紹介するシステムダイアリー(ファンの間では「SD」と略す。作っているメーカーもシステムダイアリーという)は、1968年に生まれた日本最古のシステム手帳だ。一時の不調から復活と言っていい回復ぶりを示している。

 システムダイアリーの特徴は、手帳であると同時に情報システムでもあることだ。ダイアリーリフィルだけでなく、各種の記録用リフィルを用意。記入済みのリフィルを情報カード的に活用するための保存ボックスなどもラインアップし、それ自体で完結した情報システムという設計思想を持っている。売れ筋は6562円の革バインダー(品番B-8)と、1890円のビニールバインダー(品番B-22)だ。人気色はブラック。

システムダイアリーのバインダー。バイブルサイズのものと比較すると、1回り以上小さく、ドレスシャツのポケットにもピッタリ入る
リング部を横から見たところ。楕円状になっており、記入時に手が当たる感じが最小に抑えている

 スケジューラー兼紙のデータベースシステムを志向したこともあり、熱狂的なユーザーが多い。日本人初のノーベル賞受賞者として知られる故・湯川秀樹博士もその1人だ。

 そんなシステムダイアリーは最近、経営者が変わり、売り上げを伸ばしてきている。現在の体制になったのには偶然の積み重ねがあった。

中古車雑誌とシステム手帳

システムダイアリー代表取締役の漆谷敏郎氏

 システムダイアリーの現社長は漆谷敏郎(うるしたにとしろう)氏。漆谷氏は、30年ほど前は中古車雑誌の編集者だった。1983年に創刊した『カーセンサー』(リクルート)がそれだ。「カーセンサーの仕事をするのに、手帳は必須アイテムだった」という。これには次のような必然性があった。

 まずスケジュールが厳しい。取材が終わる夕方5時にカメラマンから受け取ったフィルムを現像所に入れて、数時間後に上がったポジフィルムを見ながら原稿作成。銀座7丁目のリクルートで明け方3時ごろまで作業するのだ。

 また雑誌掲載する車は、1台ごとに車名、型番、年式、走行距離、コンディション、特記事項をメモしなければならなかった。そして当時はまだ、PCや電子機器が発達していなかったのだ。

 「そこで、ファイロファクスを使っていました。システム手帳はこういう使い方に向いていましたね」(漆谷氏)

 システム手帳は情報と時間の両方の管理には、うってつけのツールだったわけだ。これには、当時の中古車業界の事情も関係している。今でこそ、中古車の相場はネットで調べれば一発で検索できる。だが、当時は明確な基準や車両のデータベースが整備されていなかったのだ。

 漆谷氏はまた、自動車の個人売買の仲介もやっていた。雑誌と個人売買のスケジュールと情報を一元管理するのにシステム手帳は向いていた。

コンパクトなシステム手帳は移動向き

 やがてA5サイズのタイムシステムに移行。これは記入面が大きい分、重宝した。車での移動が大半なので大きさは苦にならなかったという。

 そうして数年たった1988年には個人売買の延長で中古車販売会社を千葉県に設立した。システムダイアリーと出会ったのはこのころだった。中古車業界も変化しつつあった。オークション会場で撮影した動画データをCD-ROMに記録し、郵送されるようになったのだ。

 このやり方が定着すると行動パターンが変わった。「車を買うときは帰りは車ですが、行きは電車でね。A5サイズだと大き過ぎる。持ち運びに便利なものが欲しかったんです。そのときにシステムダイアリーを銀座の伊東屋で見つけました」――ポケットに入るハンディさやリフィルの豊富さにひかれて乗り換えたのがこのころだ。

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