筋トレは、やっと1回出来るような重い負荷よりも、10回程度繰り返せるぐらいの負荷を掛けるのが最適だといわれていますが、文書化能力も同じで、実は簡単そうに見えるものが良い練習になるのです。
必要な情報をきちんと人に伝えて理解を得るには、特にその情報が複雑なものになればなるほど、「書く」ことが重要になってきます。
だからこそ、「複雑な情報を分かりやすく書く力を」付けるには、大して複雑でもない情報を練習材料として書くことの方がよい場合があります。
例えば筋力トレーニングをする場合、10回程度繰り返せるぐらいの重さの負荷を掛けるのが最適と聞きます。1回も動かせないような重すぎる負荷ではトレーニングの効果がでないのと同じことです。難しすぎる問題は単にしんどいだけで力が付かないのです。文書化能力を磨くための課題も、実は簡単そうに見えるものが良い練習になります。
では、実例を見てみましょう。例えばこの文です。
2004年から2009年の間に起きた約5000件の船舶事故のうち、その1割ほどは居眠りが原因であり、その96%は小型船で発生している。
小型船舶は操船と見張りを1人で行っていることが多く、また陸上車両と違い長時間の航行を余儀なくされるために居眠りが発生しやすい。
運輸安全委員会は、小型船舶へも居眠り防止装置の設置を義務づけるよう求める方針だ。
あるライティングの勉強会でこれを「構造化して書き直してください」と出題したところ、受講者から「えっ、これをですか? 特に難しいことも書いてないしこのままでも問題なさそうに見えますけど……」という声が上がったことがありました。
確かにそう見えますが「さらっと読んで読みやすく、分かった気がする」文書だからといって、深いレベルまで理解できているとは限りません。すらすらと読みやすく書いてある文章は、実は読みやすいからこそ「ああ、分かった」という錯覚を与えやすく、欠陥があっても気付かれにくいことがあります。
というわけで、構造化してみましょう。試しに単純に個条書きにすると、次のようになります。
プレゼンテーション用のスライドを作る場合など、この程度で「できた!」としてしまっているケースがよくありますが、これでは率直に言って不満があります。何が不満かと言えば、A〜Eまでの各項の論理的な関係が見えないことです。
個条書きは、各項の関連性を追うのには向かない表現方法なので、それを意識するなら例えばこんな形に組み替えたいところです。
「居眠り事故の96%が小型船」→なぜなら→「小型船では居眠りが発生しやすい」→従って→「小型船舶へも居眠り防止装置が必要」→従って→「運輸安全委員会の方針へ」……と、こう書けばロジックがつながり、関連性が明らかに見えますね。
さて、実はここまでは以前誠ブログでも書いたのですが、文書化のスキルとして今後に生かすためにはもう一工夫してみましょう。図中のP〜Sの部分に適当な見出しを付けてみてください。
すぐに思い付きやすいのが、「Q=原因」です。「なぜなら」という接続詞の後で「原因」を語るのはよくあるパターンなのでこれは分かりやすいでしょう。しかし、「原因と結果」という組み合わせではうまくいきません。
P(結果):居眠りによる船舶事故の96%が小型船
Q(原因):小型船舶では居眠りが発生しやすい
この表現にはちょっと違和感を持つかもしれません。純粋に論理的な話としてはこれで合っているのですが、でもこれを読むと不自然に感じるはずです。というのは、結果という概念を最初に持ち出すような用法には多くの人が慣れていないからです
例えば、下記の各例文を比べてみましょう。
例文1は原因→結果の順に書かれているので特に問題なく読めますが、例文2は結果だけが先行しているので不自然に感じます。そこでどうしてもこういう順番で書きたい場合は例文3のように、例えば「現象」という用語を使います。現象なら、単独で先行させても不自然に感じません。
つまり、結果という言葉は「Aという原因があった。その結果、Bになった」あるいは「AについてBのような条件を設定すると、Cという結果を得た。この原因としてはDやEが考えられる」のように、「時間軸上で先行する原因や条件、状況を示した上で、結果を語る」という用法で使うのが普通で、結果を単独で先に出すのはどうしても不自然に感じてしまいます。そこで、P→Qという並びで話をするなら、別な見出しを使わなければなりません。
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