「俺のこと?」と注意を引いてから話をしよう説明書を書く悩み解決相談室(1/2 ページ)

見えないゴリラの話をご存じでしょうか? 人は注意していないものは見えないという心理学実験の一種ですが、これは説明書を書く際にも念頭に置いておくとよいのです。

» 2012年01月11日 11時00分 公開
[開米瑞浩,Business Media 誠]

 「説明書を書く悩み解決相談室」第10回です!

 先日、『錯覚の科学』という本を読んだのですが、その中で「見えないゴリラ」という話題がありました。一時期twitterでもよく見かけた映像なのでご存じの方も多そうですが、人は注意していないものは見えないという心理学実験の一種です。

 見えないゴリラの概要を説明すると――6人のバスケットボール選手が3人ずつ白組・黒組に分かれて、2つのボールを使ってパス練習をしているビデオ映像があります。被験者はその映像を見る前に「白組の3人が何回パスしたか数えるように」と言われて、注意深くパスの回数をカウントしています。ところが、見終わった被験者には別な質問が待っていました。

 「君は、パス回数をカウントしている間に、黒いゴリラが通り過ぎていくのに気がついたかい?」

 ゴリラ? まさか、そんなものは見えなかったよ、冗談でしょう? と思ってもう一度ビデオを見直すと、驚いたことに確かに黒いゴリラが通り過ぎていた……。


 とまあ、「こんな目立つものを見落とすなんて信じられない……」と絶句する人が続出する、なんとも興味深い実験で、何を隠そう私も初めて見たときはゴリラが見えませんでした(汗)。

 この実験から何が言えるかというと、人は予想していない情報には気が付きにくいということです。特に、何か別なものに注意を向けているときには、それ以外の情報を脳が無意識のうちに切り捨ててしまいます。「白組の3人のパスの回数を数えるように」と言われてビデオを見た人間は、「黒は見なくていい、白にだけ集中する」というモードに入ってしまうため、黒いゴリラに気が付かなくなるわけですね。

 さてこのことを念頭において、ある文書を見てみましょう。今回の相談者は、ある大組織で職員の健康管理の仕事をしている半沢さんです。

タイトル「健康相談室からのお知らせ No.38」

 長時間の時間外勤務を行った場合は、所属部課に配布されている疲労蓄積度自己診断チェックリストで疲労度の自己診断を行ってください。

 疲労の蓄積度が高い場合は、過重労働対策のために産業医の面談を受けましょう。過重労働は脳や心臓疾患を発症しやすくなるだけでなくメンタル面への影響も大です。

 面談の結果、対応が必要な方には、健康相談室が相談等を受けています。

開米 これが問題の文書ですね。どんなところに問題意識を持たれてますか?

半沢 実はこの文面は数年前から使われてるもので、毎年定期的に職員に配布してます。でもいまいち読まれてないようなんですよ。

開米 読まれてない……ですか。

半沢 ええ、実際うつ状態になってしまった人に話を聞いたら、こんな文書が出てること自体気が付かなかった、という人がいました。たとえ目を通しはしても記憶に残ってないんだと思います。状態が悪化する前に相談しに来てほしいので、記憶に残らないというのはまずいんです。

開米 なるほど、確かにちょっと注意を引かない文書ですねこれは。

半沢 ああ、やっぱりそう思われますか? 少なくともタイトルが「健康相談室からのお知らせ」じゃダメですよね。

開米 ええ、ダメですね。たくさんあるお知らせの中に紛れちゃいますから。業務で頭が一杯の、仕事の途中にこれを見かけてもそのままスルーしてしまいそうです

半沢 そうですよねえ……。

開米 大体この種の「大勢の人に配布して、その中の一部の該当者に何かの行動を取ってほしい文書」を書くときには典型的な構成パターンがあるんです。

絞込み、動機付け、手順のパターン

半沢 「絞り込み」「動機付け」「手順」ですか。

開米 はい、まずは「え、これって俺のこと?」と思わせるような呼びかけをするわけです。

半沢 そうするとうちの文書の1文目は?

開米 「長時間の時間外勤務を行った場合は」というのが一応「絞り込みフレーズ」と言えそうですけど、ちょっとキレが悪い感じですね。

半沢 キレが悪いですか、うーん。

開米 キレが悪い理由は2点あって、1つは、その後ろに「手順」が続いていること。

半沢 ああ、「自己診断を行ってください」というこれは、確かに手順ですね。

開米 はい。手順と一緒にすると絞り込みの印象が薄くなります。それともう1つは、「長時間の時間外勤務」だけだと対象者が多すぎるんじゃないかということ。

半沢 えっ、でもできるだけ多くの人に知ってもらいたいですし……。

開米 そうですよね、健康を害して苦しむ人は出て欲しくないですからねえ。でも、これ実は普遍的な法則なんですけど、「全員に呼びかけても、人は動かない」んです。例えば小学生向けのオモチャを売るのでも、呼びかける相手が「子供と一緒に遊びたいお父さん」か、「家事の間、1人遊びをしていてほしいお母さん」か、当の子供本人かで全部違う呼びかけになりますよね。

半沢 そうか……そうですね。つまりうちの文書の場合でいうと、一番危ないのは休む間もなくずっと長時間労働が続いてる人なんですよね。週に1日だけそんな日があるぐらいならともかく、連日の終電帰りとかになっちゃうと体も心もこわしやすいですから。

開米 長時間の時間外勤務が連続している人、ですか。その方がいいですね。

半沢 そんな人が、あれ、俺疲れてるかな、とふと違和感を感じたときに思い出してくれればいいな、と。

開米 あ、そういう心理状態での絞り込みもできるといいですね。

半沢 だから例えば、疲れが取れないとか、働きすぎてるとか、そう感じてる人ですね。自己診断をしてほしいのは。

開米 いいですね〜! そんな感じで「絞り込み・動機付け・手順」をそれぞれまとめてみましょうか。

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