スパコン「京」が世界1位になれたわけ プロマネが語る成功プロジェクトの極意チームワーク・オブ・ザ・イヤー2011リポート(1/2 ページ)

サイボウズ運営の「チームワーク・オブ・ザ・イヤー」。2011年の最優秀賞はスーパーコンピュータ「京」開発プロジェクトチームが受賞した。授賞式後に行われたパネルディスカッションの中から成功プロジェクトの秘訣が見えてきた。

» 2011年11月30日 20時00分 公開
[上口翔子,Business Media 誠]
渡辺貞氏

 「世界2位ではダメでしょうか? 2010年の事業仕分けでこう言われた原因は、当時われわれがプロジェクトの意義や成果を正しく説明できていなかったからだと理解している。税金をもらってプロジェクトを進める以上、国民目線で全てを説明する必要があった」――スーパーコンピュータ「京」開発プロジェクトチーム(RIKEN)のプロジェクトリーダー渡辺貞氏は当時を振り返ってこう話した。

 11月25日、企業活動のチームワークをロジカルに考え、経営問題の解決につながるヒントを探るシンポジウム「チームワーク・オブ・ザ・イヤー2011」が開催(サイボウズ主催)。2011年の最優秀賞チームに選ばれたRIKENの渡辺氏、同優秀賞の日本コカ・コーラ「い・ろ・は・す」プロジェクトリーダー福江晋二氏、羽田空港国際線旅客ターミナル旅客サービスプロジェクトチーム部長田口繁敬氏、三洋電機「GOPAN」プロジェクトリーダー竹内創成氏が「イノベーションチームに見るチームワーク成功のカギ」をテーマにパネルディスカッションを行った。

2位じゃダメなんですかで生まれたリーダーシップ

 RIKENの渡辺氏がリーダーを務めたスーパーコンピュータ「京」開発プロジェクトは、2008年(平成11年度)にスタートした文部科学省主導の国家プロジェクトだ。当時国家機関技術に指定されていたスーパーコンピューター技術をベースに、総額(当時)1154億円の予算を組んで開始した。

 京プロジェクトは大きく「システム開発」「ソフトウェア開発」「施設整備」の3プロジェクトで構成している。渡辺氏が所属しているのはシステム開発の部分だ。こちらの部隊は世界最先端コンピュータの処理性能10ペタFLOPS級(1ペタFLOPSは1秒間に1千兆回の計算性能)を実現するためのハードウェア技術の性能向上を担っており、渡辺氏はプロジェクト管理を担当している。

 システム開発は現在最終展開まできているという。周知の通り、当時の性能目標である10ペタFLOPSを達成し、ハードウェア性能としては完了。現時点では、その上で動くシステムソフトウェアと運用ソフトウェアの開発評価をしている。

 2012年6月には全ての評価が完了し、同システムは最終的に全国の共同利用施設として活用される。一般公開は2012年11月の予定だ。

リーダー1人が「それいいね」「じゃあやろう」と決めていては外部に説明できない

 順調にプロジェクトが進んでいる印象を受けるが、ここまで来るまでには紆余(うよ)曲折があった。プロジェクトがあやうくとん挫しそうになったのは、「2位じゃダメなんですか」で話題になった事業仕分けである。

 「京の開発は国のお金、皆さんの税金で進めているプロジェクト。従って国民目線で全てを説明する責任の重さは特に感じている。2010年の事業仕分けで『2位じゃダメなんですか』と言われたが、それはわれわれが正しくプロジェクトの意義や成果を説明できていなかったからだと理解している」(渡辺氏)

 チームの中でコンセンサスを取ることも説明責任につながった。新しいことを始めるにしてもリーダーが1人で「それいいね」「じゃあやろう」と決めていては、外部にうまく説明ができないからだという。

 メンバー間の情報共有の中では新しいアイデアも生まれている。例えば、京の開発意義を世間に知ってもらうきっかけとして、開発拠点である人工島の最寄り駅の名前に京を採用してもらった。市長が前駅名である「ポートアイランド南」の変更を検討している話を聞き、提案を持ちかけた結果「京コンピュータ前」が選ばれたという。その他にも京の認知拡大のために全国行脚を実行中だ。奇抜なアイデアから起きたイノベーションではないが、京の開発に加えてプロジェクトの意義を広く知らせるための取り組みは、巨額な資金を投資するプロジェクトの重要なポイントだと渡辺氏は感じたという。

 今後については「10ペタFLOPSを目標に進めてきたが、真の目標は開発したスーパーコンピューターが最終的に使われるシステムにすること。システム自体はただの箱でしかない。さまざまなアプリケーションが実行できるシステム基盤を作るべく、現在も最終調整を図っている。1000人を超えるプロジェクトメンバーはもちろん、税金を払っている国民など多くの支援のおかげで完成しつつある」(渡辺氏)

水×エコの全く新しい製品を

い・ろ・は・す

 2010年、ミネラルウォーター市場に新登場し、その後高い認知度とシェアを誇る「い・ろ・は・す」。水なのに緑色のパッケージを採用し、ペットボトルなのに“絞れる”ようにするなど、これまでのミネラルウォーターの定番を覆した。日本コカ・コーラでい・ろ・は・すを担当した福江氏によると、プロジェクト発足時、チーム内では2つのビジョンを掲げていたという。

福江氏

 1つはミネラルウォーター市場できちんとしたビジネスを確立すること。当時のコカ・コーラは大手飲料メーカーであるにもかかわらず、ミネラルウォーターの分野では市場を開拓できていなかった。コンビニエンスストアにも当たり前のように置いてあるくらいメジャーな水ブランドを立ち上げることが重要なミッションだった。

 もう1つはコカ・コーラがグローバルで掲げている企業理念の1つ「環境への配慮」を意識すること。プロジェクトメンバーのモチベーションでもあったという環境に配慮したモノづくりをしたいという思いがあった。

 プロジェクトのメンバーは日本コカ・コーラのマーケティング部門、製品開発部門、技術製造部門、デザイン部門に加え、販売活動を担うボトラー各社で構成した。2009年5月にプロジェクトを立ち上げ、約1年の開発期間を費やし市場に投入した。

 「い・ろ・は・すは言ってしまえば単なる水だが、そこにエコの観点を加えた。パッケージを軽量化し、素材には一部は植物由来の樹脂を使っている。そうした全く新しい切り口を提供し、さらに実際に市場で支持された点が新しかったと思っている」(福江氏)

 実際に実行したものとして挙げられるのが、まずはペットボトルの色だ。福江氏によると今でこそ緑色で定着しているが、実は社内では結構もめていたという。「ミネラルウォーターといえば中身も分かるしおいしそうに見える水色が世界の定番、常識となっている。しかしい・ろ・は・すはその中にあえて環境のメッセージを込めて緑にした」(福江氏)

 もう1つは、パッケージの軽量化だ。軽くて「絞れます」というのを売りにした。飲み物は中身が大事なので飲み終った後のペットボトルは悪い言い方をするとゴミみたいなもの。しかし実際はリサイクル資源であることに変わりはない。よってコマーシャルでは、そういった大事なものであることを見せようと、絞ったペットボトルをあえて見せたという。

ペットボトルを絞る実演で歓声、社内賛成につながった

 このようにこれまで誰もやっていないような創造性(常識から外れた、非常識なこと)により、い・ろ・は・すは人気商品に上り詰めた。一方でこうしたイノベーションを起こすまでには、組織の理解やそれなりの後押しが必要となるがい・ろ・は・すの場合はどうだったのだろうか。

 福江氏によると、当初社内で「将来的にはやるべきだが本当に売れるのか」という疑問の声があったという。その際に福江氏らが行ったのが、サポートデータを用意しておくことと、上層部への説明だ。後は、単なるコンセプトだけでは実感として分かってもらえなかったため、社内での発表時に、実際に壇上でペットボトルを絞って見せたという。すると歓声が上がり、理解をしてもらえた。「まだ製品名もパッケージデザインもサポートプランも決まっていなかったが、その場で実感してもらえたことが、説得方法として一番強い方法だった」(福江氏)

 またマネジメント面では、きっちりと数値を見せた上でこのプロジェクトは大きなポテンシャルがあることを説明した。自らプロジェクトを追い込むことで、モチベーションを上げていけたのだと福江氏は振り返った。

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