調子にのって、禁煙するための教材販売を始めた金田だったが結局売れたのは最初の数件のみ。この状況を打開するために会ったのは、金田の禁煙法で最初に成果を出した友人の竹下だった。
この物語は、マイルストーンの水野浩志代表取締役の実話を基に再構成したビジネスフィクションです。事実がベースですが、主人公を含むすべての登場人物は作者森川滋之の想像による架空の人物です。
会計事務所の事務員だった主人公の金田貴男。起業したが倒産して1500万円の借金を負い、酒とパチンコだけの引きこもりに。一念発起して禁煙に“成功”し、意外なビジネスチャンスを感じた。メルマガを発行して顧客獲得を目指すが、最初の数件だけであとはなしのつぶて。さて、この後どうするか――。
人生逆転だ――と思ったのに、3月末までで教材は4本しか売れなかった。4月に入ってから10日ほど経つが、1本も売れていない。この先どうなるか分からないけれど、よほどのことが起こらない限りは、爆発的に売れるということはないだろう。今のところの売上累計は、3万円。このペースでは借金を返すどころの話じゃない。夢破れるとはこのことだ。
呆然――。この言葉ぐらい、俺のそのときの気持ちにぴったりの言葉はなかっただろう。正直、4月に入ってからはまったく何もする気が起こらなかったんだ。
でも、俺は変わった(はずだ)。そんなに簡単に投げ出すつもりはなかった。酒やギャンブルに走ることもなかった。とにかく今の俺には禁煙成功法しか残っていないんだ。まだまだやれることはたくさんあるはずだ。教材販売以外にも……。
一人で考えていてもよく分からない。俺は竹下の携帯に電話を入れた。
3日後、竹下と俺は新宿の居酒屋にいた。チェーンの店なんで、汚くはないし、値段も安い。欠点は店員の気が利かないところだが、その分、話をするには向いている。
他愛のない話で、すでに2時間が経っていた。どうも話が切り出せないでいたんだ。その間、灰皿はまっさらなままだった。先に気づいた竹下が「以前なら、もう2回か3回灰皿を替えてもらっていたのにな」と笑った。
「おまえに教えてもらったやり方、ほんとにすごかった。教材は売れたの?」
「そのことなんだよ。今日呼び出したのは」
「そうなんだ……」
「売れてないんだよ、実際。何が足らないのかなあ……」
「俺に分かるような話でもないだろう」
「一緒に考えくれよ。一人で考えていても、いいアイデアが出ないんだよ」
「そうだなあ……」
竹下は考え込んでしまった。追加のレモンサワーが来たので、俺は竹下が何か言ってくれるまで、それを飲みながら待っていた。
半分ほど飲み終わったころ、竹下は少しためらいがちにこう言った。
「金田。そもそもおまえなんで教材販売をしようと思ったんだ?」
「ん? それは、それしか思いつかなかったからだよ」
「俺、サラリーマンだから、おまえみたいな自営業のやることはよく分からない。それに、営業やってるからかもしれないけど、ネットで教材販売って、なんかまっとうな気がしないんだ」
「どういう意味?」
「いや、否定しているように聞こえたらごめん。単に俺がイメージできないだけだと思う。けど……」
「けど?」
竹下は少し考えてから、こう言った。
「ちょっと言い方を変えるよ。金田さあ、今年になってから俺以外に何人と会った?」
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