取締役・金子勇が考えるエンジニアの未来、経営の明日Winny裁判と向き合って(2/3 ページ)

» 2011年08月26日 17時00分 公開
[まつもとあつし,Business Media 誠]

若手が好きなことをやって、それが仕事になる環境をつくりたい

 逮捕当時、東京大学大学院で助手を務め、院生の指導にあたっていた金子氏も今年で41歳。Skeedでは経営や後進の育成にも力を入れている。

――Winnyを発展させたSkeedCast以外にも、SkeedSilverBulletのような新製品を開発したわけですが、これはどのような経緯で生まれたものなのでしょうか?

金子 SkeedSilverBulletについては、わたしではなく、技術開発担当や技術部長をはじめ自然に集まってきた若手が開発しています。自然にというか「トラップに引っかかった」とわたしは言っているんですが(笑)。彼(技術部長)はわたしのWinny裁判を学生の時から熱心に傍聴していていたんです。その記録をまたきちんとブログに付けていて、それを見つけた弁護士の方から彼を紹介してもらったのがきっかけですね。本当に優秀で、わたしの後継者となってくれることを願っています。

――いわば金子さんのファン、追っかけが転じて、一緒に開発をすることになったわけですね。

金子 よく言われることですが、プログラマーはやはり若い人の方が優秀です。わたしのような年配に求められるのは、極力彼らの邪魔をしないで、厄介事を代わりに見てあげることだと思うんですね。生き生きと好きなことをやっていても、ちゃんと仕事として成立するようにしてあげること。もう若い人にはかないませんから(笑)。

――よく防波堤になる、という言い方もされたりしますね。

金子 わたし自身、決してそういう役回りが得意ではないのですが、それでも今上手くいっているのは、社長や若手プログラマーがやっぱり優秀だということなんでしょうね(笑)

 逮捕・裁判などいろんな事がありながらも、今まで何とかやってこられたのは、やはり良い先輩、先生、上司に恵まれたからだと振り返って思います。育ててきてもらったんだと。そして、自分がその年齢に入って来ると、そういう役割を担わないといけないのかな、と感じています。と言いつつ、逃げ回っているような気もしますが(笑)。

 「こういうモノを作りたい」という創作意欲はますます強くなっています。ただ、それを実現するための方法論は、若い人たちの中にある。それをうまく引き出したい、という思いがありますね。アマチュアプログラマー(フリーウェア作者)からスタートした私と違って、彼らはプロですから、ずっとうまくやれるはずです。そもそもの生息域が違うんですよね。

――生息域?

金子 わたしが開発したWinnyがそうであったように、趣味が高じて、そしてそれが良くも悪くも話題になって世の中に広まっていきました。はじめから商用のソフトウェアを作る、あるいはそれを広めるというスタンスであれば、守らなければならない「お約束」を知らなかった訳です。今一緒に開発、ビジネスを進めている仲間は、いわば発明家のような私のスタンスとは異なる場所に軸足を置いていて、それが貴重なんです。

 チームで開発しているソースコードに私が手を入れたら、おそらく引っかき回してしまう。私は自分のことを究極の「デモ屋」だと定義していて――つまり、今までに無いものを考えついて、それを理論化しながら、同時に手が動いてしまってプロトタイプを作ってしまう、それを見てお客さんが納得したり、チームがより良い方法で製品化してくれる、そんな役目を担っているんだと思います。

――しかし、意地悪な見方をすれば、その分会社としてはリスクも高まりそうですが?

金子 わたしのアイディア、そこから派生するプロダクトについては、Skeedのロードマップには書き加えられないことになっています。プロトタイプのモックアップを作って、それをエンジニアに見て刺激を受けてもらったり、あるいは、顧客からの要求に対して、できる/できないのジャッジをするというのが、わたしの位置づけですね。とはいえ、わたしはソフト開発はサービス業、つまりお客様は神様です、という考え方には立っていて、それをチームには伝えていきたいとは常々思っています。

――なんとなく、ニコニコ動画が生まれた経緯を思い出しますね。しかし、日本の企業内ではなかなかそういった開発者に巡り会わないようにも思えます。

金子 戀塚さん(ニコニコ動画のプロトタイプを3日で作ったと言われる戀塚昭彦氏)とは長いつきあいです。仰るとおりで、発明家、プロトタイプ屋的なエンジニアは、いったいどこに棲息しているんだろう、というのは気になりますね。大学やごく一部の企業にはそういった文化は残っているはずだとは思うのですが。

 優秀なエンジニアほど、管理されることを嫌います。ピラミッド型の開発体制というのはあり得ないですよね。いかに居心地の良い空間を作るか、それでいて、全体としては仕事として成立させる、そのために面倒事は引き受ける、という感じですね。彼らが尖ったものを作る合間を見ながら、その他の作業もやってもらうというバランスとも言えるかも知れません。みんな優秀で、動物的な嗅覚もあるし「オレが一番うまくやれる」という自負を持っているから「ならばやってみせてよ」とある意味挑発しながら(笑)

――Googleがつい先日Labを廃止しましたね。20%ルール(就業時間の20%を自由な開発に当てられる)は存続するようですが。

金子 世界的にみても、まず仕様書を書くのではなく、実現したい機能に向けてチームが同時並行的に開発を行う、いわゆるアジャイル型の開発が注目されています。Skeedでわたしが目指しているのはそんな開発ができる環境ですね。「わたしは仕様書が書けるようなソフトは作りません」とよく外で言っているんです(笑)。仕様書なんて書けない、作れるか、作れないか分からない、50:50(フィフティ・フィフティ)くらいのものが開発者にとって一番面白いものなんですから。そんな好きなことをやっている限りは、どんなにハードであっても楽しめるはずです。やればやるほど楽になる、という環境、創発の環境づくり、とも言えるかも知れません。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ