摩天楼がない都市・福岡のビジネス環境を見てきた(神尾寿編)ビジネスフィールドワーク

「日本の中だったら福岡が、いま“熱い”よね」。東京でITや新ビジネスに関わるメンバーと会うと、その話がでることが増えてきた。中州や福岡美人が目的ではなく(おそらく……)、福岡だったらおもしろいことができそう、と本能的に感じているのだ。そこで今回は、経済的にもビジネス的にも注目の街・福岡についてリポートしてみたい。

» 2011年07月04日 11時00分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]
九州新幹線博多駅。3月に鹿児島ルートが全線開通し、交通の便が一気に向上した

 こう言っては何だけれど、3月11日の東日本大震災以降、東京は暗い。街全体で節電をしているからしかたない部分もあるのだけれど、それ以上に人々の雰囲気が暗いのだ。ポジティブに、未来にむかってチャレンジする。東京は、そういう前向きさや明るさを失ってしまった。保守的で、過度に神経質で後ろ向きな街になってしまったと思う。これはとても残念なことだ。

 ITと、それによる技術革新と新ビジネス。これが取材フィールドである私にとって、東京という街はつまらないものになってしまった。世界の誕生を思わせるようなあの熱気。ベンチャー企業が登場する"空気"がまるでないのだ。一方で、筆者が足繁く通うようになったのが福岡である。予定表を振り返れば、震災以降、月に2〜3回は福岡に足を運び、現地の企業や大学関係者と活発に交流していた。

 「日本の中だったら福岡が、いま“熱い”よね」

 実は私にかぎらず、東京でITや新ビジネスに関わるメンバーと会うと、その話がでることが増えてきた。別に中州で飲みたいわけではなく(たぶん)、福岡は美人が多いから足を運ぶ理由を作りたいわけでもなく(おそらく……)、福岡だったらおもしろいことができそう、と本能的に感じているのだ。

 そこで今回は、経済的にもビジネス的にも注目の街・福岡についてリポートしてみたい。なお、今回NTTコミュニケーションズの協力で、取材で撮影した写真(93枚)はすべて「OCNマイポケット」に保存している。取材中に筆者がスマートフォンで撮影した写真もアップロードした。OCNマイポケットユーザーであれば、記事で公開していない写真も共有できるようになっている。OCNマイポケットユーザーの読者はぜひ編集部にIDを連絡してもらいたい。


福岡はデジタルサイネージの多さでも全国有数。しかもすべて通信モジュール搭載でオンライン化しており、Yahoo!ニュースはじめリアルタイムのコンテンツを提供している

JR博多シティを筆頭に、急速に進化する街

 福岡の街はいま、活気に満ちている。

 とりわけ注目されているのが、3月12日の九州新幹線鹿児島ルート全線開通に併せてリニューアルした博多駅周辺エリア。その象徴としての、JR博多シティである。


福岡の新たな顔であるJR博多シティ。日本一巨大な駅ビルだが、建物の高さ規制のおかげで高層化はしておらず、威圧感は少ない。駅前は広々と整備されている

 JR博多シティは開発面積約2万2000平方メートル、床面積約20万平方メートルで、商業スペースの延床面積は約18万平方メートル。最近では「駅ウエ」と呼ばれる駅ビルビジネスが注目されているが、実はJR博多シティの商業スペースは、日本国内の駅ビルにおいて最大の規模だ。東京駅や新宿駅の駅ビルよりも規模が大きく、テナントも粒ぞろいである。駅ビル中央部、地上25メートルの部分にはシンボルの大時計があるが、これは九州新幹線つばめのデザインも手がけたデザイナーの水戸岡鋭治氏が手がけている。

 実際にJR博多シティ前を歩くと、数値以上に大きさを感じる。しかし、その一方であまり威圧感を感じず、広々とした印象も受ける。これは駅前が広いことと、JR博多シティをはじめ街にあるビルが高くないことによる影響が大きい。福岡では空港が街の近くにある関係で(博多駅まで2駅である)、博多や天神など経済の中心的エリアであっても高層ビルが建てられない。そのおかげで空が広く、街の風景に威圧感がないのだ。

 建物の中に少し入ってみよう。

 九州新幹線つばめの開業に併せて、博多駅のコンコースはとてもきれいになった。デザインも瀟洒(しょうしゃ)である。特に圧巻なのが、中央通路をかざる有田焼のタイルだ。これは「大パノラマアートの森」と呼ばれるもので、一般公募した約2万8000枚の「花」「鳥」「魚」「葉」などの絵を芸術家の千住博氏が絵にして有田焼タイルにしたもの。これが通路にびっしりと敷き詰められている。駅全体がアート空間になっている様は、一見の価値がある。


JR博多シティのコンコースは、有田焼パネルが敷き詰められた「大パノラマアートの森」がある。人と人が行き交う駅が、巨大なアート空間になっている姿はさすがのひとこと

 商業施設の方に目を向けると、どのテナントも活気があるが、特に人々であふれかえっていたのが飲食店フロアの「くうてん」だった。ここは全国の有名店が軒を連ねており、平日でも多くの人が詰めかけている。今の福岡の人気スポットの1つである。


JR博多シティ内のレストランフロア「くうてん」。日本全国の名店が集まり、いつも混雑している人気スポット

天神やキャナルシティとの競争で街に活気

天神エリアにあるApple Store。福岡のおしゃれスポットのひとつである

 九州新幹線全線開通とJR博多シティの開業は「福岡の活気」を象徴するものであるが、他の地域も負けてはいないこともまた、この地域のユニークなところだ。周知のとおり、福岡の商業エリアの中心と言えば、以前から「天神」であるが、博多駅の再開発効果により、この地域の経済も活気づいている。

 天神で特徴的なのは、女性や若者向けのお店が多いこと。天神中心エリアのファッションビルはもちろんだが、少し裏手にまわると、おいしいスイーツを出すカフェがたくさんある。実は福岡は、10代後半から20代を中心に男性よりも女性の方が多いという女性の街である。そのためカフェや美容院、エステといった女性向けのお店がとにかく充実しており、その多くが天神エリア周辺に集まっている。今や消費トレンドの中心を作るのは女性であるが、その女性文化を見るうえでも、天神は楽しい街なのだ。


福岡の中心エリア「天神」は、若者や女性に人気の街だ

天神エリアは若い女性が多いこともあり、おしゃれでおいしいスイーツを出すカフェが多い。女の子と一緒に歩くにはぴったりな街である

博多と天神のほぼ中間エリアにある「キャナルシティ」では、第2キャナルと呼ばれる新館が建設中だ

 そしてもうひとつ、福岡で注目のエリアがキャナルシティである。ここは敷地面積 約3万4715平方メートルの大型商業施設であり、運河(canal)をイメージした施設内はエンタテイメント施設としても楽しい。韓国・中国からの観光客にも人気のスポットだ。このキャナルシティではいま、「第2キャナル」と呼ばれる新館を建設中であり、今年秋にオープンする予定である。ここが開業すると、博多駅・天神・キャナルシティで、経済・消費・観光のトライアングルが構築される形になる。街がますます活気づくことは間違いないだろう。

JR博多駅から福岡空港は地下鉄で5分という近さだ

 そして福岡では、中心街の魅力に加えて交通の便がいいことも街のポテンシャルを高める要因になっている。他地域との玄関口である福岡空港は、JR博多駅からわずか2駅・5分の距離にあり、天神やキャナルシティからでも「タクシーを飛ばせば15分で到着する」立地のよさだ。また経済・消費の中心3エリアは、地下鉄やバスを使って短時間で移動することができる。

 交通のIT化も進んでいる。

 まず、福岡の鉄道・バスはすべて交通ICカードに対応。この地域には西日本鉄道の「nimoca」、JR九州の「SUGOCA」、福岡市営地下鉄の「はやかけん」という3つの交通ICカードがあるが、相互利用が可能になっている。また東京から訪れる人間にとってうれしいのは、この地域では「Suica」や「モバイルSuica」も使えること。シームレスに交通が利用できるのだ。


福岡の特長は交通の便がいいこと。交通ICカードがシームレスに連携しており、地下鉄の中では携帯電話の電波が入る

 さらに東京・大阪より優れているのが、地下鉄内を走行中の電車でも携帯電話の電波が入ることだろう。むろんマナーの問題で通話はできないが、地下鉄に乗りながら、スマートフォンやタブレット端末を使って情報チェック、といったことができる。

 他にも、街中に電子マネーの加盟店が多いことも特長であり、特に交通系電子マネーとEdyの加盟店は多い。東京と同じが、それ以上に便利なのが福岡なのである。

IT産業でも福岡は注目の街

産学連携機構九州の坂本剛氏
九州大学の伊都キャンパス。従来の箱崎キャンパスから移転した新キャンパスであり、理工系を中心に2万人の学生が通う新たな街ができている

 活気があるのは、街だけではない。ビジネスやITの視点でも、福岡は“ホット”になっている。

 その最たる例が、東京の企業が福岡に本社の一部機能や本社そのものを移転する動きだ。例えば、ネット通販のケンコーコムは震災後に本社機能の一部を福岡に移転している。また、レベルファイブなど福岡発のベンチャー企業が、成長しても本社を東京に移さないといった動きもでており、この地域に新たな経済圏を構築しはじめている。

 こうした福岡を取りまくIT・ビジネスの動きについて、産学連携機構九州の坂本剛氏は「福岡の優位性が改めて注目されている」と話す。

 「福岡は理工系を中心に優秀な学生が多く、九州大学をはじめ大学の研究開発環境も国内トップクラスの環境が整っています。とりわけITではソフトウェアやコンテンツといった分野が強いことが、優位性になっていますね」(坂本氏)

 大学の知財活用・大学発ベンチャーの動きも活発であり、産学連携機構九州もそのために作られた九州大学の企業である。学と民との連携、積極的に知財活用・ビジネス化をしていくといったシリコンバレー的な動きが活発なのだ。

 またコンテンツなど新興分野が強いことも特長で、九州大学には従来のIT系学部だけでなく、ゲームやソフトウェアUIのデザインを研究する芸術工学部といった学部もある。ここの学生が地域のゲーム/コンテンツ企業の開発に関わったり、学内ベンチャーとして自治体のプロジェクトに携わるケースも少なくないという。

 「福岡では人材や知財の交流がしやすく、ネットワーク化しやすいというのも特長になっています。学生のアクティビティも高くて、新しいことにチャレンジする雰囲気があります。また、震災後は福岡都市圏をアジアの中でも競争力のある地域にすることに加えて、日本経済のジェネレーターにしていくという気運が高まっています」(坂本氏)

AIP事務局長の杉山隆志氏(右)

 IT分野でのベンチャー的な雰囲気は、街全体に広がっている。特定非営利活動法人「AIP」事務局長の杉山隆志氏は、福岡の強みについて次のように話す。

 「福岡でのITビジネスがやりやすい理由はいくつかありますが、もっとも魅力的なのは『福岡の方が東京よりも人材交流がしやすい』ということですね。コミュニティが作りやすいので、そこからシナジーが生まれやすい環境があります。隣の人としゃべるのに抵抗がない空気感があるのです。また、新しいことやよそ者に対するハードルが低い。『とりあえず、やってみよう』という、いい意味で緩い感じがある。ですから、ビジネスやサービスがスタートアップしやすいのですよ」(杉山氏)

 AIPはもともとRubyを中心にソフトウェア教育をする団体であったが、今では人材交流・ビジネス交流にも注力しており、その場である「AIP Cafe」も運営している。ここはAIP会員なら自由に使えるのが特長で、常に人々が集まり勉強会を実施しているという。この雰囲気の中から、商店街で初めてTwitterを本格活用した「大名なう」などの取り組みも生まれた。

 「私自身は東京の人間でしたが、福岡は日本で一番シリコンバレー的な解放感を持つ街だと考えています。クリエイティブな仕事が、すごくやりやすい。また、東京よりも、韓国や中国といった海外市場と近いので、自然とワールドワイドの考え方ができます」(杉山氏)


AIP Cafeの風景。ここでは会員が自由に飲食物やIT機材を持ち込み、さまざまな勉強会が開かれている。ここから生まれたサービスやビジネスも多いという

福岡には摩天楼がない

 一部上場の大企業やすでに有名になった大手IT企業の本社数では、もちろん東京がトップである。しかし、福岡には東京にはない「ベンチャーを育む空気」「新しいことをしてもいいという解放感」があるのだ。私自身、福岡に感じるのは、シリコンバレーに似た自由な雰囲気である。

 福岡には摩天楼がない。

 これは福岡空港の立地と航空法の規制によるものだが、あらためて福岡の街を歩いて人々の話を聞くに、それは「福岡にとってよかったことではないか」と思うようになった。なんとなくだけれど、高層ビルがないことが、この地域のオープンな空気感やベンチャーを暖かく見守る雰囲気に一役買っている気がしたのだ。空が広いからこそ、人々は高みを目指す。高層ビルで働き下界を見下ろす人々・企業よりも、空を見上げる人々・企業の方が、前向きに未来に進もうという気持ちを持つのではないかと思うのだ。よくよく考えれば、シリコンバレーにだって摩天楼はない。

 東日本大震災以降、西日本が注目される中でも、福岡はやはりホットな街だと思う。

今回使った「OCNマイポケット」とは

 月額315円で10Gバイトまで利用できるオンラインストレージ。今回は写真を保存した上で、最大12枚まで写真を連続して再生できるスライドショーを活用した。

 スマートフォン向けには写真管理に特化した専用アプリを用意しているほか、ブラウザからアクセスすると自動的にスマートフォンに最適化したサイトを表示する。アップロードしたファイルを閲覧できるほか、クラウド上に置かれたファイルのURLを相手に送信して見てもらうことも可能。

 スマートフォンのカメラ機能と連動し、撮影後すぐにクラウド上に自動アップロードできる。わざわざ写真を選択してアップロードする手間をかけなくとも、「撮る→アップロード」という一連の作業がシームレスに行えるのだ。この設定であれば、撮影後になんらかのミスや事故で大事な写真をなくしてしまっても、クラウド上からかんたんに復元できる。Android版であれば「Wi-Fi接続時のみ自動アップロードでそれ以外は手動アップロード」といった細かい設定も行えるので、利用環境に合わせて細かく調整できるのもポイントだ。

 アップロードした写真の閲覧機能も充実。GPSを搭載したスマートフォンで写真を撮影するとジオタグと呼ばれる位置情報を自動的に付与するが、「OCNマイポケット」のiPhone/Androidアプリで撮影してクラウド上にアップロードした写真は、このジオタグの情報をもとに撮影場所ごとに表示できる。どの写真をどこで撮ったのかが一目瞭然(りょうぜん)なので、旅行先で撮った写真をすばやく探すといった用途に向いている。また、撮影日ごとにカレンダーから検索したり、自分でつけたタグをもとに検索するのも簡単だ。


ジオタグの情報をもとに、撮影場所ごとに写真を分類できる。旅行など、特定のエリアで集中して撮られた写真をまとめて呼び出す際に便利だ。撮影日ごとの検索も可能。例えば運動会のように、特定の日付に集中して撮られた写真を呼び出す際に活用できる


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