「ルポ 雇用劣化不況」――労働市場の流動化を岩波の書籍で初めて言及城繁幸の「辞める前にこれを読め」

同一労働同一賃金の規定もなしに国が派遣法を改正したから、ここまで格差が開いたのだと非難するが、同一労働同一賃金の実施に頑強に反対し続けているのは連合じゃないか。そこを認めない限り、百万言連ねたところで価値はない。

» 2011年04月06日 08時25分 公開
[城繁幸,Business Media 誠]

 「大変だあ、大変だあ」という話がほぼ全編(97%くらい)続く。まあ岩波の雇用問題だからこんなもんだろうなと予想はしていたものの「いい加減進歩しろよ」と言いたい。7〜8年は遅れてるぞ。

 ちなみにこの雇用問題の原因だが、こちらも伝統の「経営者と国が悪い」。グローバリゼーションというスパイスをブレンドしてはいるが、あまり新鮮味はない。

 そして中盤で介護や流通の例を持ち出し「とはいっても正社員も大変だ」とフォローするのも、もはや定番。それでも、最後の最後でようやく申し訳程度に解雇規制の存在しないデンマークと「フレクスキュリティ」(解雇規制撤廃)に言及している分、進歩はしているのだろう。最初からそれ以外に解決策なんてありえないんだから、当然の帰結だ。

同一労働同一賃金を実施したらどうなるか

 著者の歯切れはものすごく悪い。同一労働同一賃金の規定もなしに国が派遣法を改正したから、ここまで格差が開いたのだと非難するが、同一労働同一賃金の実施に頑強に反対し続けているのは連合じゃないか。そこを認めない限り、百万言連ねたところで価値はない。

 というより、こういうのはご自身の会社で考えてみると、よくお分かりになりますよ。編集委員というお立場上、いろいろ言いにくい部分もあるでしょうから、私が代わってシミュレーションしてあげましょう。

 某新聞社には給与体系が七掛けの子会社と、そこで使われる契約社員やフリーライターといった非正規雇用など、いくつかのヒエラルキーが存在する。同じ仕事をしていても、本社様から天下ってきた“殿上人”と子会社プロパーとフリーライターでは賃金格差が存在し、特に正社員と非正規の間には大きな溝があるのだ。

 さて、この状況で同一労働同一賃金を実施すると、どうなるのか。誰がどのくらいの価値の仕事をしているのか、職能給では分からないから、取りあえず本社様の正社員の平均賃金である1500万円ほどをみんなに支給するとしよう。

 当然、人件費は大幅にアップしてしまう。経営者が悪いそうだから、とりあえず新聞社社長の給料は半分だ。それでめでたく同一労働同一賃金は達成! 悪徳資本家を懲らしめ、格差もワーキングプアも消えました! ……と、なるわきゃないだろう。

 たぶん、何人か極めて優秀な人間はそれだけ支給されるだろうが、それ以外の非正規雇用は全員クビ、正社員の残業&編プロの請負が増えるだけだろう。一部の人の言う「国と経営者が全部悪い」的な政策で生まれる現実はこれである。

「市場原理に任せたからこうなった」は本当?

 新聞社のトップなんて、まあメーカーよりは高いだろうが、それでも1億はもらってないはず。そんなのをボランティアにしたって、数人しか雇えない。要するに、労働者間の再分配が機能していないのが問題なのだ。

 著者の言うように「市場原理に任せたからこうなった」というのは本末転倒で、正しくは「市場原理が機能していないからこうなった」と言うべきだ。よって、まずは市場原理が機能できない原因である規制を外すことが重要となる。

 労働者全体へのセーフティネットの整備は必要だろうが、(恐らく流動化で処遇の下がる)中高年の正社員に対しては既に失業給付というものが存在している。それ以上、例えば賃下げ分は100%保証しろなどというのは流動化でもなんでもない。できないと知りつつ時間稼ぎのためにばらまく“煙幕”だ。

 そういう矛盾が手に取った瞬間脳裏をよぎってしまうので、僕はもうこの手の本にはとても乗れない。いや、もう岩波ってだけで内容は想像がついてしまう。何より、労働者ヒエラルキーの頂点に君臨し、年収2000万はもらっている“スーパー勝ち組中高年正社員”の著者に「みんな苦しいのです、だから安易な流動化の議論など避けるべきなのです」と言われても、申し訳ないけど1グラムの説得力も感じない。

 とはいえ、岩波の書籍で「労働市場の流動化」に言及したのは初めてではないだろうか。そういう意味では記念碑的な1冊かもしれない。

著者紹介:城繁幸(じょう・しげゆき)

 人事コンサルタントを務めるかたわら、人事制度、採用などの各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種メディアで発信中。著作に『若者はなぜ3年で辞めるのか?』『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか−アウトサイダーの時代』『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』ほか。

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この連載は……

 この連載は城繁幸氏の公式ブログ「Joe's Labo」から抜粋・再編集したものです。


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