もう昇進、昇給ではモチベーションは上がらない「新・ぶら下がり社員」症候群

社員がみな100%の力で働き、活気に満ちた職場なら、今の社会情勢ではよほどの理由がなければ転職しようとは考えない。新・ぶら下がり社員が変われば、優秀な社員も満足する。企業や上司も意識を変えていく必要がある。

» 2011年02月17日 17時30分 公開
[吉田実,Business Media 誠]

新・ぶら下がり社員とは

会社を辞める気はない。でも、会社のために貢献するつもりもない。そんな30歳前後の社員のことを、本連載では「新・ぶらさがり社員」と呼ぶ。


 今までは昇進や昇給を「エサ」にして、社員のモチベーションを上げてきた。

 新人のころはベテラン社員のサポート的な仕事が多く、雑用や成果がハッキリとは見えない細々した仕事を任されるものである。もっと大きな仕事を任されたい、自分で決められる権限が欲しいと願うものであり、管理職は憧れの的であった。

 頑張れば、社内での立場が高くなる。立場が高くなれば、給料も上がる。この2点をモチベーションにして、バブル期世代までの社員は働いてきた。気がつけば同じ部署に課長が増え、「課長」と呼んだらみんなが振り向いたという笑い話のような光景も見られたのである。

 だが、バブル崩壊後、終身雇用制は崩れ去り、昇給も35歳で頭打ちとなった。昨今、35歳問題だと騒がれているが、今の35歳の年収は10年前より200万円も低いといわれている。これでは昇進しても仕事だけが増え、給料は今と大差ないのでモチベーションは上がらない。

 そのうえ、課長以上のバブル世代は人数が多く、ポストは当分空きそうにもない。これからは全員にポストを与えられるわけではないし、給料も簡単には上げられない。かといって、優秀な社員だけポストと給料を与えていたら、それ以外の人は腐ってしまうだろう。

 それでは、賞罰の罰のほうを強めたらどうなるだろうか。

 ノルマを課し、達成できなければ給料を下げると鼓舞して、社員はがむしゃらに働くだろうか。転職できないからと必死に働くかもしれないが、それこそノルマ以外の仕事はしなくなるだろう。足の引っ張り合いも起き、働く意欲は70%どころか、0%にまで落ちるかもしれない。

 また、やる気のない社員は肩叩きをすればいいと思っているのなら、考えが甘すぎる。日本では正社員の権利は手厚く保護されているので、働かないからという理由でクビにはできない。情報化社会の影響で、新・ぶら下がり社員もそれぐらいの情報は仕入れている。解雇された側が、不当解雇だと裁判を起こすケースは少なくないのである。

 左遷したところで、給料を支払い続けるのなら企業が損害をこうむるのは変わりない。問題を先送りしているだけである。

 今の時代は、アメもムチももう通用しないのである。昇進・昇給以外でモチベーションを上げなければならない。

 そのために、当社で取り組んでいるのが、30歳前後の社員を対象にした「ミッション・クエスト」である。これは新・ぶら下がり社員と真正面から向き合い、埋没している自分の生きる目的・目標や夢を掘り起こし、それを組織において発揮することを支援する手法である。

 ミッション・クエストについては本書で詳しく説明するが、給料やポスト以外のもので人がやる気になるのかと懐疑的に思う読者も多いだろう。

 実際に体験してみれば分かるが、劇的に人は変わる。育成に携わっている立場の私が「こうまで人は変わるものか」と驚かされるほど、70%主義でくすぶっていた人が、100%どころか120%の力を発揮するようになるのである。くすぶっているからこそ、きっかけさえつかめば変われるのだろう。

 企業としては、新・ぶら下がり社員に手間をかけるより、優秀な社員により高度なスキルを身につけさせ、伸ばしたいと思うかもしれない。やる気のある社員とやる気のない社員なら、やる気のある社員を人材として生かしたくなるのは当然である。

 だが、やる気のある優秀な社員は転職し、やる気のない社員のほうが会社に残るものである。これはバブル崩壊後にたいていの企業で経験しているだろう。やる気のない社員を追い出すために早期退職制度を設けたところ、優秀な社員が飛びついて辞めてしまったという話はよく聞いたものである。

 それならと優秀な社員の代わりを募集しても、採用した社員が必ずしも優秀とは限らない。新規に社員を募集し、育成するのにもコストは相当かかる。

 優秀な社員を残すためにも、新・ぶら下がり社員のやる気を引き出すべきである。

 優秀な社員が転職を考えるのは、自分よりも働いていない社員が自分と同等、もしくは自分以上の給料をもらっているときや、周りはダラダラと仕事をしているのに自分だけまじめに働いているような時である。

 社員がみな100%の力で働き、活気に満ちた職場なら、今の社会情勢ではよほどの理由がなければ転職しようとは考えない。新・ぶら下がり社員が変われば、優秀な社員も満足するわけである。

企業や上司も意識を変えよ

 先日、社会人のキャリアについて研究をされている大学の先生と話をしていたら、「組織に対するロイヤリティ(忠誠心)と業績は必ずしも一致しないという結果が出ている」とおっしゃっていた。社員のロイヤリティが高ければ業績がよくなるというわけではない。組織に対するロイヤリティが低くても、仕事で結果を出せるのである。

 バブルが崩壊するまで日本企業は社員同士が家族同然のつきあいをするのが普通だった。社員旅行や運動会などのイベントが定期的にあり、アフター5は居酒屋に繰り出し、休日は会社の人や取引先とゴルフに行ったものである。家族より、会社の人と過ごす時間のほうが圧倒的に多かった。

 この世代の人たちは、確かに帰属意識が強かっただろう。それは終身雇用が保証されていたからである。会社が自分の一生を面倒見てくれるのだから、恩義もあるし、絶対的な信頼関係もあった。

 バブル崩壊後、企業はリストラで社員を切り捨て、終身雇用は崩壊してしまった。社員旅行や運動会などのイベントもなくなり、濃密なコミュニティーを築けなくなった。組織への帰属意識が薄くなるのは、時代の流れだといえるだろう。

 私は、今の若者の帰属意識には2種類あると考えている。

 1つは組織に対して従順で、上司から言われたことには逆らわないタイプである。一見、ロイヤリティが高いように思えるが、実は「頑張らなくても給料をもらえる」と割り切り、必要以上のことはしないというぶら下がり系なのである。

 会社は嫌いだけど、生ぬるい環境は好きだという中途半端さで、組織に対して働きかけることはしない。組織の歯車という表現を昔はよく聞いたが、まさに自ら歯車になろうとしているのがぶら下がり系である。楽だからその道を選ぶのであり、組織のために犠牲になるわけではない。

 もう1つは組織に対して反抗心を抱き、理不尽な点にはおかしいと声をあげるタイプである。一見組織を否定し、愛社精神はないように思えるが、実は「企業のために体質を変えたい」という意欲を持っている変革系である。企業の将来を本気で考えているから上司にも反発し、理不尽な体制を変えようと試行錯誤する。今求められているのは、このような帰属意識である。

 企業にとってはぶら下がり系の社員のほうが扱いやすい。つい目先のことにとらわれ、変革系の社員は排除してしまいがちだが、こういう社員こそ企業の将来を担う人材である。変革系の社員も、出る杭のように叩いてばかりいると、ぶら下がり系になってしまう。いままでの日本企業は、そうして社員の個性をつぶしてきた。

 変わらなければならないのは、新・ぶら下がり社員ばかりではないのである。

 企業も上司も変わらなければ、根本的な問題は解決できない。

 ミッション・クエストも、表面的になぞった程度では新・ぶら下がり社員は変わるどころか、ますます企業や上司に失望してぶら下がってしまう恐れもある。取り組むのなら、真剣に取り組むべきである。

 企業側が変われば、新・ぶら下がり社員の帰属意識も自然と変革型に変わる。変革は、組織が一体となって初めて成し遂げられるのである。


 今、日本の会社組織は第3の転換期に入っている。

 第1期はバブル崩壊までの終身雇用、年功序列で成り立っていた時代である。会社は大家族的な場であり、社員はみな会社に依存し、会社も社員を守ってきた。居心地がよく、上司も部下も互いに信じあえた幸せな時代である。

 第2期はバブル崩壊後、終身雇用が崩壊した時代である。会社は社員をリストラで切り捨て、自律した社員になれと突き放した。アメリカ型の成果主義が導入され、会社は自己実現のために利用するものだとさかんに説かれるようになる。会社主体の時代から、個人主体の時代へと変革したのである。

 そしてこれからは、会社組織と社員が相互に補完し合う第3期に入っていくのだと思う。それは、ミッションを持った個人がミッションの発揮場所として組織を活用するという考え方だ。組織においてミッションを発揮することで、組織に貢献し、組織の価値を向上させるのである。

 個人と組織は、もはや報酬や仕事内容だけで結びつけられる時代ではない。お互いの提供価値で結ばれる時代になってくるだろう。個人と組織がお互いに相互補完しあうことによって、個人と組織の双方の価値向上につながっていくのだ。

 30歳前後は、人生の転換期だ。

 私は、声を大にして叫びたい。「30歳で人生を諦めるなんて早すぎる」と。30歳前後が社会人人生のスタート地点といってもいい。人生における働く方向性を決め、自分の思いに沿った力強い人生を歩み始める時期なのだ。

著者プロフィール:吉田実(よしだ・みのる)

株式会社シェイク代表取締役社長。大阪大学基礎工学部卒業後、住友商事株式会社に入社。通信・放送局向けコンサルティング、設備機器の輸入販売を担当。新事業の立ち上げなどにもかかわる。2003年、創業者森田英一の想いに共感し、株式会社シェイクに入社。営業統括責任者として、大手企業を中心に営業を展開する。2009年9月より現職。

現在は、代表取締役として経営に携わるとともに、新入社員からマネジャー育成プログラムまで、ファシリテーターとして幅広く活躍する。ファシリテートは年間100回を数え、育成に携わった人数は6000人に上る


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