朝起きたら留守電が入っていた。“愛煙家友達”の竹下からだった。かみさんが帰ってくる前にかかってきたようだ。熟睡していたので気がつかなかった。ピッチに掛けなおしてくれというので、そうした。
「竹下です」
「もしもし、金田です。この前はどうも」
「ああ。こちらこそ」
「どうしたの?」
「ちょっと折り入って教えて欲しいことがあるんだけど」
「何?」
「来年から、タバコの値上げの話があるの知ってる?」
「え? そうなの?」
タバコはパチンコ屋で手に入れるものだと思っていたので、正直値段は気にしていなかった。
「あるんだよ。まあ、それだけじゃなくて、俺の会社も喫煙室なんてのができてさ、机ではもちろん、会議室でもタバコが吸えなくなってさ。それだけなら、まあ喫煙室行くんだけど、俺営業やってるじゃん。客先もそんな感じで、いっそやめてやろうかなと思ってるんだよ」
「ほう、それはいいじゃん。やめたほうがいいよ。何のメリットもないし」
いまや本当にそう思うので、多少説得力があったかもしれない。
「だけど、禁煙ってやっぱりしんどいだろう?」
「まあ、意志でやめようとすればな」
「そう、それ! そもそも意志の弱い金田がやめたんだから、意志なんか関係ないやめ方があると思ったんだよ」
「お前、好き放題言うね。でもまあ、その通り。意志でやめたわけじゃない」
「だよな。なんかいい薬とかあるの?」
「なるほど、薬か。考えもしなかった」
「え? 薬じゃないの?」
「うん、自力でやめた。費用はゼロだよ。いや正確には500円ぐらいかな」
カード用の紙代だ。
「それ、ぜひ教えてくれないか?」
「いいけど」
「今晩ひま? 酒おごるからさ、教えてよ。この前の店でよければ」
「いいよ。だけど、今度は人の顔に煙ふきかけるなよ」
「もちろん、もちろん。サンキュー、じゃあ7時に」
俺は、禁煙を決心するまでに使ったカードを取り出してきた。それらを見ながら、簡単に手順をまとめてみた。図などを入れたら、A4で10枚ぐらいになった。けっこう立派な方法論じゃないか。これだけで苦痛なしにタバコがやめられるなら、ひょっとして流行るんじゃないか?
案の定竹下は半信半疑だった。
「おまえ、本当にこれでやめられたの?」
「ウソは言ってないよ。1週間続けていたら、朝起きたらタバコを吸う気がまったくなくなっていたので、おまえに電話したんだよ」
「むう。本当だとしたら画期的な禁煙法だなあ。まあ、考えたら俺をだますために、わざわざここまで資料を作る必要もないもんな」
資料を作った効果は意外なところにあったようだ。俺は単に親切心と、自分の考えをまとめるつもりで作っただけだったんだけど。
「金田、俺試してみるよ」竹下は、本当に感謝しているようだった。俺はなんだか胸が熱くなった。人の役に立っているという実感からだろうか? 久しく感謝されることなんてなかったもんな。
10日後、竹下から電話が掛かってきた。俺は、そのときちょうど小泉首相が北朝鮮に拉致問題を公式に認めさせたというニュースをテレビで見ていた。
「金田、やったぞ! 俺もタバコを吸う気がなくなった!」
「マジかよ?」
自分以外にも結果が出た!
「ホント、ありがとう。一生恩に着るぜ」
俺、少し涙ぐんでた。
これは、もしかしたらうまく行くかもしれない。いや、うまく行くか行かないじゃなくて、これしかしがみつくものがないのだから、うまく行かせるしかない。
とりあえず、竹下にあげた資料をもう一度見直した。最近情報商材というのがブームらしい。5倍に膨らませて50枚にしたらどうだろう? タバコがやめられる50ページのリポートを5000円でなんていうのは儲かるかもしれない。
だって、1日1箱セブンスターを吸う人がいたとして、来年からは1箱250円だから、毎月7500円浮くんだ。となると、5000円は安いよなあ。10万円でもいいかもしれないぐらいだ。まあ、分かりやすく「1カ月のタバコ代でタバコがやめられる」というキャッチコピーでいくか。
値上げでどのぐらいやめる人がいるんだろう。20歳以上の男性の約半分と女性約1割が喫煙者だったかな。もっと多かった気もするが、仮にそうだとして、20歳以上の男女がそれぞれ3000万人ずついるとすると、約1800万人が喫煙者だということになる。かなり適当な統計だけど、まあざっくりこんなものだろう。
たぶん、この程度の値上げだと数パーセントしかやめたいと思う人がいないよな。なので3%としようか。それでも54万人もやめたい人がいるってことだ。これはなかなかのマーケットだよ。さらにそのうちの1%の人が買ってくれたとして、7500円×54万×1%は……。
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