マイケル・サンデル教授の特別講義「Justice」に出席してきたこれからの「正義」の話をしよう(1/7 ページ)

ハーバード大で政治哲学を教えるサンデル教授が8月末に来日、東京で2回の“出張講義”を行った。学生との対話形式で進められる講義にはブロガー・小飼弾氏も参戦。2時間の「白熱教室」とはどのような内容だったのか? 本記事で詳しくお伝えしよう。

» 2010年09月16日 13時00分 公開
[吉岡綾乃,Business Media 誠]

 哲学の本としては異例の売れ行きである、『これからの「正義」の話をしよう』をご存じだろうか。筆者のマイケル・サンデル氏は政治哲学を専門とする学者であり、講義の名手として知られている。サンデル氏がハーバード大で担当している講義「Justice(正義)」は1万4000人を超す履修者を記録、あまりの人気ぶりにハーバード大では建学以来初めて講義を一般公開することを決定。その様子はテレビ放映されたほどだ。

 そのサンデル教授が8月末に来日し、2回の特別講義を行った。筆者は幸運にも、8月27日に行われたアカデミーヒルズ タワーホール(六本木ヒルズ)での特別講義に参加することができたので、その様子を本記事でお伝えしようと思う。

 サンデル教授の授業とはどのような内容なのか。そして、私たちが知っている大学の授業とどこが違うのだろうか?

黒板もパワーポイントもない授業

 冒頭に登場した早川書房の早川浩社長によれば、通常、ハーバード大の授業には1200人もの学生が集まるという。アカデミーヒルズの定員はたったの500人なので、「いつもより親密な感じですね」ということだった。会場を見渡すと席はすべて埋まっている。「Justice」の講義はソクラテス型の対話方式で進むことが特徴と聞いていたのだが、500人の聴衆(以下、学生と記す)を相手に、果たして対話方式の授業は成り立つのだろうか。

 早川氏の紹介でマイケル・サンデル教授が登場すると、会場は大きな拍手に包まれた。意外に思ったのは、黒板もスライドもなし、という点だ。サンデル教授は壇上をぐるぐると歩き回りながら話をし、時々手を挙げた学生を当てて立たせ、学生と話し合うだけ。非常にシンプルなスタイルである。

 まず最初に、サンデル教授から今日の講義のテーマについて説明があった。今日の講義では大きく3つの思想について、2つのトピックを例に話を進めていくという。3つの思想とは、

  • (1)幸福の最大化、最大幸福原理(功利主義的、ベンサムの哲学)
  • (2)人間の自由や尊厳、選択の公平性について(カントの思想)
  • (3)美徳を尊重し、よき生き方を培う(アリストテレス)

 という哲学である。そして2つのトピックについても、先に示されていた。1つめの例は「市場の果たす役割について」。そしてもう1つは「バイオテクノロジー、特に遺伝子工学にまつわる話題」である。

 『これからの「正義」の話をしよう』では、これら3つの思想についてそれぞれ第2章、第5章、第8章で語られている。本を読了している人であればすでにサンデル教授の基本的なスタンスは理解しているはずだし、そうでなくても、ベンサム、カント、アリストテレスがどういうことを考えていた人なのか、大まかに知っている人は多いだろう。

 聴講した感想からいうと、これらの思想を知っていたほうが――言うなれば“予習”していった方が――サンデル教授の授業をより深く理解できると思った。そう、この授業は新しいことを覚えるのではなく、すでに知識として知っていることを前提に、それを学生みんなに考えさせることを目的としている。これら(昔の)政治哲学を現代のさまざまな問題に照らしたときに、現代に生きる我々はどう考えるべきか? を対話していくのが授業のテーマなのだ。

       1|2|3|4|5|6|7 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ