「売らない」で売上900%増のアパレルショップ幸せのものさし(1/3 ページ)

「やれることは大抵やって、コストも詰められるだけ詰めても売れないし、売れても儲からない」と嘆息する声が聞こえてくる。どうしたら、この「手詰まり感」をブレークスルーできるのだろう。そこで、幸せの価値尺度を変える「新しいものさし」を作り始めている人たちを取材した。

» 2010年07月12日 15時00分 公開
[博報堂大学 幸せのものさし編集部,Business Media 誠]

連載「幸せのものさし」とは

 マーケティングに携わる仕事をしていると、いろいろなところで「手詰まり感」という言葉に出会う。経営者やマーケッターからは「もういろいろやれることは大抵やって、コストも詰められるだけ詰めてきて、それでも売れないし、売れても儲からない」と嘆息する声が聞こえてくる。

 どうしたら、この「手詰まり感」をブレークスルーできるのだろう。

 もしかしたら、日本の企業が「かくあるべし」と思っているそのゴールイメージ自体が問題の元凶ではないか。時代はどんどん変化しているのに、いまだに頭は「古いものさし」=「かくあるべし」という過去の価値尺度で変化しつつある時代を量ろうとしている。だから「手詰まり感」から抜け出せないのではないだろうか。

 わたしたち博報堂大学 幸せのものさし編集部は、日本人の「幸福感」の在りどころとなる共通の尺度、すなわち「幸せのものさし」に着目した。

 周りをよく見回してみると、幸せの価値尺度を変える「新しいものさし」を作り始めている人たちが少数ではあるが現れている。わたしたちはそれらの人たちを取材し、1冊の書籍『幸せの新しいものさし』(博報堂大学 幸せのものさし編集部著、PHP研究所)としてまとめた。

 これからの時代は、複数の「ものさし」が社会に存在し、人は自分にぴったりの「ものさし」を探し当てるようになるだろう。複数の多様な「ものさし」を容認する態度、状況に応じて複数の「ものさし」を使い分ける自由度が、21世紀という複雑な時代において「手詰まり感」から抜け出し、幸せに生きるための処方箋になるのではないだろうか。

このコラムでは書籍『幸せの新しいものさし』の中から、ビジネスに関するものさしを変えた3人を取り上げて紹介していく。今回はその1人目「競争のものさし」を変えた人を紹介したい。


 販売という仕事は、何を売るか、どう売るかを問わず、そこにある共通の喜びは「売れる」ことだ。ものが売れたということはお客さまが何らかの価値を認め、それに対価を払ったということであり、やり方さえ誤らなければ、常に買い手と売り手がWin-Winの関係でいられるハッピーなビジネスである。

「競争」が販売を不幸にする

 ところが、販売の現場に「競争」という尺度を持ち込むことで、時として「しんどい仕事」に変質してしまうことがある。

 売り場を、販売スタッフ同士で売上げを競う「競争のものさし」で捉えてしまうと、お客さまは人間ではなく「数字」(あるいは標的)、ほかのスタッフは心許せない「敵」へと変わってしまう。売り場はぎすぎすした空間となり、そのストレスはお客さまを直撃する。売上げノルマ達成のために、似合わないものを無理におすすめしたりと、買い手と売り手はWin-Winではなくどちらかが勝ち、どちらかが負け、というゼロサムの関係に陥る。それが双方にとっての不幸せの始まりなのだ。

 「競争のものさし」を変えることで、そうした不幸を断ち切った人がいる。

 百貨店の中のブランドショップで店長として、お店の売上をスタート時より900%アップさせた北山節子さんだ。今は、そのときの経験、気づきをたくさんの現場に伝えたい、という思いから、企業や店舗・販売スタッフの研修を仕事にしている。

 北山さんは短大を出てあるアパレルブランドの社員になった。その当時、アパレルの販売現場は「軍隊式教育」が主流だった。厳しい売上げのノルマを根性で達成する。上司たちはそうした弱肉強食の世界で勝ち残った人だから、自分が若いころにされてきた軍隊教育を繰り返すことしかできない。悪気があるわけではなく、そういう経験しかしてこなかったから、そうするしかないのだ。

 「それを変えたかった。悲しい連鎖を断ち切りたかったんです」。そう思っていた北山さんは、店長に就任するとスタッフに「売らないでいい、まずはお客さまのことを考えてください」と指導した。

「売ろう」としないと、いろいろ見えてくる

 人は見ているようで意外に見ていない。店のスタッフも見落としていることが多い。お客さまを、店の中を、ほかのスタッフの動きを、そして商品の動きまで「徹底的に見る」ことが「気づき」につながり、気づきが行動を変える。お客さまはその変化に、意外と敏感だ。

 「売ろうとしているときには、いろんなことが見えなくなってしまう。バッドタイミングの声がけ、自由に見ていただくことができないなど、売りつけようとすると結局、集客ができない店になってしまう。お客さま目線を持ち、選んでいただく気持ちで接すれば、お客さまのニーズに気づき、お客さまに居心地がよいと思っていただけるのです」と北山さんは分析する。

「すべてはお客さまのために」

 北山さんがスタッフに言い続けたもう1つのメッセージは「それはお客さまのためになっているか?」という問いかけだった。あらゆる販売業でそれはよく耳にする言葉だ。だが北山さんの場合はちょっとニュアンスがちがう。それは、自分たちの行動を変革するエネルギーを沸き立たせるために発しているメッセージなのだ。

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