油断と感謝感動のイルカ(3/3 ページ)

» 2010年02月05日 17時45分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]
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 「おはようございます。あれ、亨さんも一緒? どうしたんですか?」浩は驚いた。中野亨は、中野毅税理士の兄で、自動車のディーラーを営んでいる。アクティブ運送のトラックは、亨のところから購入している。

 「ぼくが電話したんですよ」税理士が言った。

 「毅から、とにかく100万円を用立てろと言われてね。100万円ぐらいの現金なら何とかなるだろうって。実際何とかなったんだけど、無茶を言う弟だ」亨は豪快に笑った。

 「オレのポケットマネーだから、返すのはいつでもいいよ」亨は、分厚い封筒を浩のオフィスの机の上に置いた。

 浩が怪訝そうにしているのを見て、亨は真顔で尋ねた「ん? それじゃ足りないのか?」

 「いえ、そんなことはありません。ただ、なんでこんなことをしてくれるのか、理由が分からなくて」

 「理由か。普段から毅もオレも世話になっているからじゃダメなのか?」

 「いや、そういう意味じゃなくて……」

 「じゃあ、どういう意味なんだ?」

 「いや、だって、返ってこないお金かもしれないじゃないですか?」

 「猪狩社長は返すつもりがないのか?」

 「いや、そんなことはもちろんないんですけど、弱ったなあ」

 「あはは。返すつもりがないとは思ってないよ。ただね、これは要するにポケットマネーなんだ。それを貸して返ってこなかったとしても、銀座で一晩で使っちまったと思えばいいような金なんだよ。だから、気にすることはない。これでなんとかしてくれよ」

 浩は、しびれてしまった。こんな格好のいい金の貸し方があるんだと思った。感激でのどが詰まってしまった。目から熱いものがあふれ出してしまった。

 「おいおい、泣くやつがあるか。あ。そうだった。オレは今朝は用事があるんだった。毅、おまえは残ってやれ。オレは帰るから」そう言いながら、亨はなぜか照れた感じで帰っていった。

 「先生、本当にいいんでしょうか?」亨を見送ったあと、浩は税理士に改めて尋ねた。

 「いいんですよ。兄貴がいつかやりたかったことだから」

 「どういうことですか?」

 「兄貴も昔、同じようなことがあったんですよ。空き巣じゃないんだけど、どうしても支払えないことがあって。そしたら債権者なのに逆に金を貸してくれる人があって、立て直すことができたんですね。ところが、その恩を返す前に、その方が急な事故で亡くなられて。僕もそのことを知ってたんで、猪狩さんがこんな目にあってるから助けてくれと言ったら二つ返事で。そりゃあもううれしそうでしたよ。だから気にせずに」

 「本当にありがとうございます。でも、なぜオレなんかに」

 「猪狩社長も苦労人だから気に入ってるんでしょう」

 苦労ならしていない者のほうが珍しいだろう。そんなことで信じてもらえるなんて、自分が信じてもらうに値しているというよりも、亨の器がやはり大きいのだと思った。

 空き巣に入られたことを知ったときは、かなり絶望的な気持ちだった。なんとか時間が巻き戻せないか、そればかり考えていた。それからまだ半日も経っていないのに、自分は一気に救われた。自分がまったく期待していなかったことが、なぜか起こっている。そのことに素直に感動した。

 そのうちに違う感情がわきあがってきた。

 貸金庫に240万円入っていたときには、自分はそれがあたりまえだと思っていた。空き巣によって失われてはじめて、それがあたりまえではないことに気がついた。少しでも元に戻せるなら、こんなにありがたいことはないと思った。

 あたりまえだと思っていた状態があたりまえでないことに気づいて、人ははじめて感謝するんだなと知った。

 そうか、亨さんが自分にしてくれたことの根底には、感謝の気持ちがあったんだ。だから、彼は返ってこないかもしれないお金を貸してくれたんだ。あれが亨さんの感謝の表現なんだ。

 お金があると、それがあたりまえに思えてくる。健康なときは、健康があたりまえに思えてくる。平和な日本に住んでいると平和があたりまえに思えてくる。本当はあたりまえのことなどどこにもない。水道の蛇口をひねれば水が出てくるなんてことも、実はあたりまえのことではない。

 あたりまえでないことに気づいて、はじめてそのことに感謝する。

 240万円は確かに痛手だったが、このことに気づけたのは大きいと思った。そして、亨と毅の兄弟がいたからこそ、このことに気づけたのだと言える。

 コトとヒト。この2つに恵まれて、人生は豊かになるんだなと、浩はつくづく実感したのだった。

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著者紹介 森川滋之(もりかわ・しげゆき)

 ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。

 奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。

 現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。


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