講師が1人でしゃべっているように見えるセミナーでも、実はそこに「対話」が成立している場合があるのをご存じでしょうか。受講生の「心の声」との対話を演出することは、イントロの成否を大きく左右するのです。
こんにちは、開米瑞浩です。
前後編なのに、前号からちょっと間が空いてしまいまして申し訳ございません。セミナー導入部の構成法の後編です。
前編では、セミナーのイントロ部分を構成するためのワークとして下記の6つを挙げました。
今回はこのうち後半の3つ、4〜6までを取り上げます。
早速ですが、あるセミナーの中の2つのシーンを見ていただきましょう。
シーン1と2は一続きの流れとして語られていたものですが、この中のある単語の使い方に問題がありました。共通して出てくるある単語の意味が、シーン1と2では違っているのです。
みなさん営業マンですから、商品を売り込むのが仕事ですよね。そのために当然商品説明をしますよね。商品説明というのは通常、メインとサブに分けて考えます。メインというのは機能や性能や操作性といった、商品の原点とも言える本来の働きにかかわる部分。サブというのはデザインとか雰囲気といった、メイン以外の部分です。例えばPCの場合ならCPUの性能やメモリ容量、重さといったスペックはメイン、デザインはサブになりますね。ここまでいいですか?
さて、営業のあなたがお客さんのところを訪問しました。あいさつして、世間話をして雰囲気をほぐして、ヒアリングをして、さあ売り込もう! というとき、何をメインのトークに持ってきますか? 商品説明をしたくなるところですけど、セールスの柱になるようなメイントークでは何を話しますか?
シーン1と2で違う意味で使われている単語、それは「メイン」です。
シーン1では「商品説明におけるメインとサブ」という文脈で「メイン」が使われていました。シーン2では、「セールストークの中で柱になる部分」という意味で「メイン」が使われていました。この2つの「メイン」は違うものを指しています。ところが、聞く側の受講生にはそのことが分かりません。
「商品説明にはメインとサブがある」という話を聞いたすぐ後で「何をメインのトークにする?」と聞かれた瞬間、「商品説明のメイン」と「セールストークのメイン」を混同してしまうのです。
これは、違う意味のものを同じ言葉で表したことによる弊害です。
人間は「言葉」を使って新しい概念を学んでいくので、人に何かを教えるときには、注意深く言葉を選ばなければなりません。この例のように、「違う意味のものを同じ言葉で呼んでしまう」というのは非常によくある失敗ですので気をつけてください。つまりそれが、
ことです。
いずれもよくやりがちです。講師を務めるようなプロフェッショナルな人間は、自分自身は理解しているのでついつい多様な表現を使う傾向にあります。確かに、同じことを違う言い方で説明することで理解が深まる場合もないわけではありませんが、こうした用語のかぶり、ゆらぎによる弊害も非常に大きなものがあるので注意が必要です。極力、1つの言葉は1つの意味でだけ使うように気をつけましょう。
ある会社でプレゼンテーション関係の研修をおこなった時のことです。
プロジェクターでスライドを投影して行うよくあるプレゼンテーションの実習時に、受講生の1人が作ってきたスライドの一部にとても小さな写真が使われているものがありました。
そのときの受講生のプレゼンのトークはこんな感じでした。
すみません、ちょっとこちら小さくて見にくいんですけれども、お魚のオブジェになっています。
ちょうどこの部分で受講生の口調が、ちょっと弱々しくなっていました。どうやら、「小さくて見にくい」ために自分でもやりにくく感じていて、言い訳モードになってしまっていたようです。
そこでわたしは次のようにトークの変更を提案しました。
こちらの小さいオブジェ、見えますか?
見え……見えない? そうですよね、見えませんよね。小さすぎて。ごめんなさい。
でも、大事なのでよく、よーく見てください。実はこれ、お魚のオブジェになっています。
ポイントは、「見えますか?」という問いかけを入れることで、話し手と聞き手の間に「対話」を作り出したことです。このとき実際に使われていた写真は、見えないに決まっているぐらい小さなものでした。
それをあえて「見えますか」と問いかけることで、聞き手の側には、
いや……見えないなあ。
という心の声が生まれます。その心の声が出てくるタイミングを待って「見えませんよね」とつなぐことで、実際に声を出しているのは話し手の側だけだったとしても、隠れた対話がそこに成立してしまうのです。
こうした対話を入れると、聞き手の集中力がそこで高まりますし、また雰囲気も和んできます。ですから、ストーリーの要所要所でそんな対話を入れるポイントをあらかじめ予定しておくことが大事です。
これは、事前に準備をしておかなければなかなかできません。講師経験が乏しいうちは、自分がしゃべることでいっぱいいっぱいになってしまい、対話まで気が回らないのです。ですから、事前にストーリーのどこでどんな問いかけを入れて、どんな心の声に対してどう返すのか、それを考えて練習しておく必要があります。
最後の休憩ポイントというのは、聞き手がリラックスできる時間のことです。
セミナーの受講生というのは何かを勉強しに来ているわけですが、人間は集中力を長い時間持続させることはできません。教える側としては「おっ、これは大事だ、メモしておこう!」という要素をたくさん入れたくなりますが、勉強熱心な受講生であったとしても、「これは大事だ」「これは大事だ」「これは大事だ」が5分も10分も続くと疲れてくるのです。
ということが明確に分かるようなタイミングを用意しておきましょう。
前号からお伝えしてきました、セミナーのイントロを構成するための6つのワーク。もう一度出します。
いかがでしょうか。「イントロを構成するため」と題して書きましたが、実際には本編もこれの繰り返しです。しかしイントロの部分は特に重要なので念入りにする必要があるのです。
もしあなたがどこかで講師を頼まれているのであれば、一度イントロの部分をこの6つの視点で見直してみてください。ひょっとしたら、最初の5分を見直すだけで本編全体もぐっとやりやすくなるかもしれませんよ。
IT技術者の業務経験を通して「読解力・図解力」スキルの再教育の必要性を認識し、2003年からその著述・教育業務を開始。2008年は、「専門知識を教える技術」をメインテーマにして研修・コンサルティングを実施中。近著に『ITの専門知識を素人に教える技』、
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