「お前が講師をやってくれ」と言われたら(後編)プロ講師に学ぶ、達人の技術を教えるためのトーク術

前回は「初めて講師を務める人のための10個条」の第6条まで紹介しました。今回は「しゃべらない練習」や「エンディング」などについて解説しましょう。

» 2009年08月18日 15時15分 公開
[開米瑞浩,Business Media 誠]

 こんにちは、開米瑞浩です。

 わたしが普段あまり出歩かなかったり、ちょうど暑いときに出張に行っていたりしたせいもありますが、8月も半ばを過ぎた16日になってようやく今年初めて夏らしい強烈な日差しを感じました。暑さに弱いわたしは、つくづくクーラーってありがたいと思いますね。

 本題に入る前に1つお知らせを。9月17日に名古屋で公開セミナーを開催することになりました。「アイデア・思考を見える化させる 『論理力×図解力』トレーニング研修」です。

 このところあまり公開セミナーを開催していませんし、東京以外でセミナーを行う機会はあまりありませんので、名古屋近辺にお住まいの方はぜひご参加くださいませ。

 さて、それでは本題に入りましょう。前回は「初めて講師を務める人のための10個条」の第6条まで書きました。残り4つ、まずは第7条「トークの練習をする」からです(第1条〜6条まではこちら)。

第7条:トークの練習をする

 「講師をする」ということは、自分が主導してしゃべるシーンが多くなる、ということでもあります。

 そのため、何をどのように話すのかをあらかじめ考えて、実際にしゃべる練習をしておかなければなりません。第6条の「発声練習」が単に「声を出す」ことなのに対して、こちらは話す内容が理解しやすいストーリーになっているかどうかが問題です。

 実はわたしには失敗談があります。2003年にある団体から講演依頼を受けたときのことです。それが100人単位の人数の前で話す初めての機会で、このときわたしは、PowerPointで作った配布用レジュメのほかに、自分が話をするための「台本」を作っていました。文字数は「台本」のほうが10倍ぐらい多かったはずです。なにしろ講演で話す予定のトークスクリプトを一字一句考えて書いていたわけですから、文字数が多くなるのも当然です。

 ところがその「台本」はほとんど使えませんでした。自分では、講演の準備段階で「台本」を考えて、それを頭の中で読み上げて練習したつもりでしたが、いざ現場に行ってみるとそんなものに目を向ける暇はありません。一字一句たどるように精密な台本を書いたとしても、それは見ないで話せるところまで練習しておかなければ何の意味もないのです。

 ですから「トーク練習」で大事なのは、実際に講師をするシーンを想定して「声に出して」練習することです。それもできるだけ本番と同じ大きさの声を出すようにしてください。大きな声を出すと、口の中でつぶやくような声では気が付かなかった問題点に気が付くことがよくあります。当然これは一般の会社のオフィスなどではできませんので、空いている会議室にでもこもって試しましょう。

 なお、「台本」を作ることに意味がないわけではないのですが、紙の上に書かれたものを読んでいるときの印象と、口頭での話を聞いたときの印象は違います。書いたときには完璧に見えても、実際にしゃべってみると修正しなければいけないところが次から次へと出てきます。「台本」はたたき台程度のものと考えておくほうが無難です。

第8条:しゃべらない練習をする

 第6条、第7条と続けて「しゃべる」ための練習について書きましたが、今度は一転して「しゃべらない」練習です。一体何のことかと思われるかもしれませんね。

 実は、ハッキリ意識して「しゃべらない時間を作る」ことは、講師をする上で非常に重要なことなのです。

 講師を始めて間もないうちは、どうしても「しゃべる」ほうに精一杯で、その結果ついつい「しゃべりすぎてしまう」という傾向があります。要所要所で話を止めて黙って数秒待つ、という「しゃべらない」時間を入れなければいけないのに、なかなかそれができません。

 これも練習しておかないといけません。第7条の「トークの練習」をするときに、適当なタイミングを見計らって数秒間、話を止めてみてください。特に「受講生自身が考えて、理解する」ようにさせたい研修では、この時間を長く取る必要があります。

 本連載第1回に関連記事を書いていますので、そちらも合わせてどうぞご覧ください。

第9条:問いかけのフレーズを用意しておく

 さて、「しゃべらないことが大事」という話をしたところで質問です。

 例えば何か難しい問題の説明をしている途中で、10秒ぐらい黙って受講生の様子を見る「沈黙の時間」を入れたいとします。そのためには、「沈黙の時間」の直前に何をすればよいと思いますか? ぜひ考えてみてください。

 (ここで10秒程度、考慮時間を取ってください)

 ……さて、分かりましたか? つまり、こんなふうに「問いかけ」をするのが効果的なんです。

 そもそも講師が「しゃべらず、黙る」のはなんのためかといえば、受講生に「考えてもらう」ためです。考えてもらいたいなら、

 はい、ここから先はあなたが考える時間ですよ


 という合図が必要です。それが「問いかけ」なんですね。

 なぜだと思いますか?

 こんな経験、ありませんか?

 何をすればよいと思いますか?


 など、「問いかけ」の言葉を発すると、その後に10秒間黙っても不自然に感じません。最後の「何をすればよいと思いますか?」という問いかけは、10行ほど前にわたしがこの文中ですでに使ったものです。

 「問いかけ」る内容は何でもかまいません。当たり前のことを確認するような質問でも一向にかまわないので、問いかけてから黙って様子を見る、というコンボを身につけてください。当然、そのためには「どこでどんな問いかけを入れるか」をあらかじめ考えておかなければいけません。それも含めてトークの練習をする必要があるわけです。

第10条:すぐに始められる行動のメッセージで締めくくる

 さて、「初めて講師を務める人のための10個条」もどうやら大詰めとなりました。

 「お前が講師をやってくれ」と指名され、初めての経験に戸惑いながらも準備をこなし、練習をこなし、予定の研修時間もあとは3分を残すのみ、というシーンを想像してください。

 最後の3分間に盛り込むメッセージに、あなたは何を選びますか?

 例えば映画や小説のような「ドラマ」の場合、オープニングとエンディングをきっちり決めることが大変重要である、とよく言います。研修の場合でもそれは同じです。

 ただ、初めて講師をするときにはオープニングでは変な工夫をせず、あいさつがきちんとできることを目標にするほうが無難です。

 研修というのはエンターテインメント的な演出をすることはあっても、本来の目的は娯楽ではないので、つかみでウケを狙う必要はありません。やはり笑いを取るというのは難しいのです。お笑いの才能がある場合はいいですが、初めて講師をするときには無理にジョークで始めなくてもいいでしょう。

 問題はエンディングのほうです。最後の3分には必ず

  • すぐに始められる行動を促すメッセージ

 を強く何度も繰り返し語って印象づけてください。

 研修は、「いい話を聞いた」とありがたがって帰ってもらうための場ではありません。学んだ知識を生かして実践し、その後の行動を変えてもらわなければならないのです。

 ところがこれがまた難しいんですね。知識を知識として覚えただけで、行動に結びつかない、というケースがどうしても多いのです。人はそんな知識を3日で忘れてしまいます。

 ですから、「すぐに始められる行動」を促すメッセージを、締めくくりに何度も何度も繰り返し語って印象づけてください。3分の間に5回繰り返せるような短いメッセージが適切です。参考までに、わたしがよく企業研修で使う締めくくりのメッセージは次のようなものです。

 オフィスに帰ったら、周りの文書の中から3個条ぐらいの短い個条書きを探してください。そしてその個条書きの1つ1つに見出しを付けてみる。それだけ、やってください。それだけです!!


 これをさらに「個条書きを探して見出しをつける! これだけです!」まで要約すれば、3分で5回は言えますね? 同じことを何度も言うのはくどすぎるんじゃないかと心配になりますが、締めくくりの3分間限定だったらそれが成り立ちます。たとえくどいと思われても何度も言わなければならない大事な話なんだ、という熱を込めて語りましょう。

 ちなみに実際にわたしが前述のメッセージの要約版を3回4回5回と繰り返すと、5回目には安心したような表情で笑い出す姿をよく見かけますので、別にくどいとは思われていないようです。

やってみると意外に楽しくなるかもしれませんよ

 「初めて講師を務める人のための10個条」いかがでしょうか。

 初めてやることというのは何事も要領がつかめないので、なかなかうまくいかないものです。その試行錯誤の時間を少しでも短縮するための一助になれば幸いです。

 講師というのは大勢の人前に出て長い時間しゃべらなければならない、大変プレッシャーのかかる仕事です。しかしあなたの得た知識や経験を短時間で大勢に伝えられる、それだけの意義のある仕事でもあります。もし、「お前が講師をやってくれ」と指名されたら、それはあなたのそれまでの仕事ぶりが認められている証拠でもあります。人前で喋ることに苦手意識があっても、思い切ってチャレンジしてみてください。やってみると意外に楽しくなるかもしれませんよ。

筆者:開米瑞浩(かいまい みずひろ)

 IT技術者の業務経験を通して「読解力・図解力」スキルの再教育の必要性を認識し、2003年からその著述・教育業務を開始。2008年は、「専門知識を教える技術」をメインテーマにして研修・コンサルティングを実施中。近著に『ITの専門知識を素人に教える技』『図解 大人の「説明力!」』、『頭のいい「教え方」 すごいコツ!』


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