タイムカードは導入しない――創造的選択インタビュー全文公開(中編)達人のクリエイティブ・チョイス(4/4 ページ)

» 2009年07月23日 20時00分 公開
[鷹木創,Business Media 誠]
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博報堂の「生活者発想」も変わった

吉川 ありがちですよね。300年の伝統があるような会社こそ唱え続けなきゃいけないかもしれないですけどね。博報堂にあるとすると「生活者発想」と「パートナー主義」。どちらかというと「生活者発想」が強い。生活者で考えようという発想。それでシンボルとして生活総研を作ったんです。

 ただ僕らも、まさにおっしゃる通りで「生活者発想」に縛られていた。3〜4年前に新しい所長が着任して、「生活者発想」なんだけど、今の「生活者発想」をちゃんと言おうということになった。「生活者発想」自体を変えると会社全体がダメになっちゃう(笑)。それでポリシーがインサイトアウトになった。インサイトするけどアウトする。

堀内 ホームページにある、こういうUの字のやつですね。

吉川 そうそう、Uの字で考えるし、行動する。でもそれが「生活者発想」だよね、今の、ってことで。

柳澤 僕が尊敬している博報堂出身ののクリエイティブディレクターさんがいらっしゃるんですが、なんだか成り行きなんですよね、すべてが(笑)。平気でニコニコしながら、「この先どうするんですか」という質問にも「んー、成り行きだからな」って笑ってたりする。広告を作っている人は新しいことを作るから成り行きでいいし、ちょっと先を進んでいる。でも一般的な企業の場合、目的があってそこに達した時にフルフルになっちゃうかもしれないから、そこで成長が止まっちゃう。広告はそれを表現に変えていくから、成り行きで正しいんですよね。

吉川 結局他社がいないと存在できない業界なので、悪い言い方すると、クライアントさんについて行く。ただクライアントさんが見ているのは生活者だから、生活者で僕らは考えますよ。クライアントさん、生活者を見られませんよね、つい企業価値とかで考えますよね、僕らは「生活者発想」ですし、しかも「パートナー主義」ですと(笑)。この2点だけです。

柳澤 広告そのものの形が変わる可能性はありますよね。

吉川 そうなんですよ。それが今、うちがやばい、やばいというか、50年に1度の変革期。50年前にテレビという体制ができた。次の状態が今、まさにやってきている。ビジネスモデルが変わる。ただやっぱり、お客さんと話していると、広告は欲しいですよね。欲しがっています。いっぺんにバーンと伝える。伝わるもの。どうやればそうできるんだよ、というのは変わらないと思います。ただ、それが今のマスメディアか、ということですよね。

柳澤 そうですね。マスメディアもそうですし、その上に乗っかっているCMじゃないかもしれないし。

吉川 あの表現でいいのか、とか。

柳澤 サービスかもしれないし、サービスそのものかもしれない。

吉川 存在そのものでいいんじゃないかとか。ただ広告するというニーズは企業にとって不可欠。

柳澤 そうですね。コミュニケーションだから。

吉川 そこを僕らがどう自己変革できるか。

細谷 変わっていくって個人はできる。集団でやるっていうのは難しいのでは? 人が入れ替わりならできるけど。カヤックの場合、3人の共同経営者。変わるという点では一致していたかもしれませんが、変わる内容はまでは意見が分かれていたりしないの?

柳澤 するでしょうね。たまたまうちは一致しましたけど。それは普通変わっていくんじゃないんでしょうか。分社化したり、組織の寿命が終わったから次の組織を作る。で、人も入れ替える。それが本来正しい姿だと思いますけどね。継続しなきゃいけないということで、無理矢理、中身は変わってないのに方向性変えるとか、人も本来変えなきゃダメですね。

堀内 ありますよね、継続だけを目的にするのはおかしいっていう議論がね。

柳澤 そういう感じはしますよね。

堀内 今後まあ、そういう道もあるという覚悟はあるわけですよね。

柳澤 価値観ややりたいことは変わる。政治家も女性だと子供産んだ瞬間に子供の政策をメインに打ち出したりしますよね。環境が変われば自然に興味も変わりますからしようがないですよね。

堀内 それはそれでいいんですよね。

柳澤 それでいいです。

堀内 たった今、自分ごとになっちゃったわけですからね。今、博報堂で言うと生活者全体が創造的な選択をしようというね。これが「第三の安心」ということなんですよ。

柳澤 創造的という言葉はどういう風に捉えればいいんですか?

堀内 この本のなかでは、主体的で、目的にかなっていて、時期を逃さないで、かつ後悔しないと。この4つの条件を満たしていれば創造的といいたい。自分で選択ができている状態で、目的にかなっていて、あー見送っちゃった、ということがなくて、あとからみて後悔しないようなものが創造的な選択何じゃないか。

吉川 一番響くのは主体的ということかな。

柳澤 セレンディピティ的なことは主体的じゃないんですかね?

堀内 それはありますけど、でもそのチャンスをつかむかつかまないかは主体的。セレンディピティみたいなことを起こせるかどうかも主体的、みたいなことを本では言おうとしています。待ち構えてないとつかめもしないというか。

吉川 セレンディピティはどう日本語訳すればいいんですかね?

柳澤 偶発的なとか、偶然的な何かをつかむ能力。

堀内 いい結果につながる偶然をつかむ能力、つかめる能力。

吉川 それは全員の生活者が持てる能力かどうかははなはだ疑問ですけど(笑)。主体的というか自分で考えて、という風になる予感は、Webの環境を含めてすごいありますよね。

 後編に続く。

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