恋と愛が手帳を育て、仕事を育てる2009手帳マッピング

2003年から2008年にかけて私が使用したメモ帳は20種類以上、40冊以上。そんな“浮気性”の私だが、愛情をかけて付き合ったメモ帳が4つあるのだ。

» 2008年10月01日 11時29分 公開
[郷好文,ITmedia]

 電車の中でこんな光景を見た。若いカップルが仲むつまじく寄り添っていた。2人の目の前の座席が1つ空いた。言葉を交わすこともなく、男性の“座れよ”という仕草で女性が座った。彼女はにっこりした。言葉なしで“荷物を持つわ”という仕草で、彼は手持ちのトートバッグを渡した。

 何かとても大切そうなことを、とりとめもなくずっと話し合っていたようだ。男性は自分の足を女性のひざにコツコツと当てた。女性もまたコツコツし返した。たったそれだけのことが楽しいのだ、2人にとっては。やがて次の駅で2人は降りて行った。

 コツコツ触れあい、語り合い、連れ添う。彼と彼女の“愛のインタフェース”の物語を、私は手のひらサイズのメモ帳に書き留めた。

プラリングノート、marble memo、Entdeckungen、野帳SKETCH BOOK

 この手のひらサイズのメモ帳は、文具店で売っている200円ほどのA7サイズのメモ帳だ。いろいろ種類はあるけれど、サイズ、素材、機能、形状、ページ数など、機能と構造の違いはわずか。だが、それでも違いはある。

 リーガルの靴箱にぎっしり詰まるのは、2003年から2008年にかけて私が使用したメモ帳だ。ポケットに突っ込める手のひらサイズのメモ帳や手帳に挟んで使う薄いメモ帳に、数百個の思いつきが宿る。5年間で20種類以上、40冊以上である。

 メモ帳の浮気魔と言われても仕方ないけれど、浮気には効用もある。それはアイデアのわくメモ帳とわかないメモ帳があることに気づいたこと。ある手帳を持つだけでアイデアがあふれる。ある手帳はまったく感じない。なぜだろうか? 箱から好きだった4つのメモ帳を引っぱり出した。

 一番左のものはポケットに忍ばせておくだけで心地よかった。しっかり厚みのあるしゃれた表紙デザイン、丸く角をとったページ形状、透明でソフトなリング。全体のバランスが凄くいい。これは「ミドリ プラリングノート<A7>」。センスのいい手帳が多い会社ならではのメモ商品だ。

 その隣の赤い「marble memo」は米ミード製。大学ノートのような黒い背表紙で、180度(以上)ページ開く。肩が丸いのはミドリと似ている。この曲線をなでるのは気持ちいい。きっと製作者も女性を思わせる肩の丸さが好きなのだ。この手帳はお気に入りでこれまで8冊ほど使用した。

 右から2つ目は先日紹介したCOATED DESIGN GRAPHICSの「Entdeckungen」に付属するメモ帳。本体がよければ付属品までよし。記入記録をみると、わずか20日間で使い切っている。ページ数が少なく、名残り惜しかった。

 一番右はコクヨの測量野帳「SKETCH BOOK」。丈夫な表紙、ちょうどいいページ枚数(40枚)、ペンと相性のいい紙質、180度見開き。ロングセラーの理由がよく分かる傑作だ。

 これら以外は、世評の高い「RHODIA」を含めてあまり気に入らなかった。まるで好きな人とそうじゃない人を分かつように――、好きじゃないヤツは、早くページが終わればいいのに。もったいないから使い切るけれど、後で見てとても雑なページ使いをしていた。

 20種類以上のメモ帳の中から上記の4つが好きな理由、何だろうか? 自分にぴったりする品を“愛用品”と言うように、自分の手と手帳の微妙な感覚を表現するには“愛”から語ると分かりやすい。もっと正確に言えば“恋と愛”だ。

パッションとクールのポジショニング軸

 手帳の表紙をなで、しおりをもてあそぶ。常に手元から離さず、開いたり閉じたりページをパラパラする。手帳に付属する各種ガイドを頼りに日記や発想を書き留め、目標を描き、飛び立つ自分の夢をつむぐ。

 コツコツ触れあい、語り合い、連れ添う。人と人の愛も、手帳愛も、そのインタフェースは似ている。この手帳連載の2回目3回目で「ガイドFULL−ガイドLESS」と「1人−みんな」の2軸で説明してきたことは実は、手帳愛をインタフェースから見た軸だったのだ。

パッション−クール軸

 ここで私は「待てよ、愛の前には何があったっけ?」と考えた。それは恋だ。人は恋に落ち、愛にたどりつく。恋はどこに自分を連れて行ってくれるか分からないワイルドさと言ってもいい。愛は一緒にいようねというステーブルな感じだ。

 4つのメモ帳、marble memoやEntdeckungenは「オレを駆り立ててくれ」という恋に似たパッションを与えてくれる。対して野帳やプラリングノートは「じっくりいこうよ、クールになれよ」となだめてくれる。自分の選ぶ手帳が恋系か愛系か――。そんな観点で見るのも楽しい。

恋と愛のインタフェースで商品開発を

 恋と愛のインタフェース、手帳商品だけではない。恋に落ちるほど惚れるモノと、欠点はあるけれど離れられないほどの愛用するモノがある。およそ手で愛でる商品は、どちらかのインタフェースが備わっているはずだ。例えばマグカップや湯のみ。見た目のカラーや柄だけではなく、手に持って口元に寄せる。恋のないキスはセクハラだし、義務のキスはむなしい。

 携帯電話、携帯プレーヤー、デジタルカメラのデザインは、手との“愛性”なしに考えられない。自分自身を高めようとするためのグッズ、女性で言えばお化粧のミラーやコンパクトケースは恋が競争軸だろう。一方、普段使いのお財布や名刺入れは愛が軸になりそうだ。商品それぞれ、恋と愛のインタフェース要素があるのである。

 だが、私に限らず文具ユーザーは浮気性でもある。

 先日、あるシステム開発で要件を決めていた。メールアドレスとパスワードを入力してログインの場面。パスワードを忘れた時の「秘密の質問とその答えを入力してください」で、「わたしの最愛の人は誰?」という質問を入れたらどうか? と相談を受けた。でも――。

 私の答えはこうだ。「もっとも愛する人が、そのときどきで変わるから、きっと覚えてない」


 この連載では作り手の想い、使い手の愛を考えてきた。手帳の作り手にこだわりがあれば、使い手はそれを感じて、手帳特有の“所作”で応える。所作とは開く、見る、読む、書く、描く、閉じる、そして愛でる――。そんな作り手と使い手の手を通じた関係作りこそ、手帳という商品の永遠の課題なのではないだろうか。

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