怒れない大人たち「正しい」怒り方、教えます

最近、部下を怒れない上司が増えています。部下指導は、相手の立場に立って行うのが原則ですが、時には怒りを使う方がいい場合もあります。今回は怒りを使った方がいいケースとその使い方を、5回にわたってお話しします。

» 2008年09月19日 13時00分 公開
[平本あきお(構成:房野麻子),ITmedia]

 「地震、雷、火事、親父」ではありませんが、昔の会社の上司というのは、とにかくよく怒る怖い人でした。子供は父親に怒られて成長するし、若い人も上司から怒られて育つと考えられていたわけです。怒らないと、上司として責任を果たしていないようにすら見られました。

怒れない大人が増加中、そのワケは?

 感情的にならずに、部下の視点に立って自分の言いたいことを伝えるのが大事なのであって、上から頭ごなしに言っちゃうと部下は落ち込みますよ、ということが20年前のマネージャー研修ではよく言われてました。その当時の上司は怒るのが当たり前だったのですね。ところが、今は怒れない上司が多いです。なぜでしょうか?

 昔は技術革新に伴う時間の流れが今よりゆっくりだったので、20歳の人と40歳の人を比べたら、40歳の人の方が経験があって、仕事をよく知っていました。「とにかく言われた通りにしてやっていればいいんだ! お前の頭で考えるよりも、私に言われたことをちゃんとやれ」という感じだった。

 変化が少ないので、経験時間の物理的な長さがモノをいうわけです。部下が自分で仕入れてきた情報を検討したり、それをコーチングして引き出したりという発想はあまりありませんでした。上司の言う通りに、怒ってでもやらせていた。

 ところが、今はどんどん物事が進む流れが速くなっています。そのため、20年前には通用していた上司のやり方では、今の20歳の人には通用しない。下手すると、新入社員の言うことの方が正しくて、上司が言っていることが間違っていることもあります。上司が戸惑うわけですね。

 20年前の研修では、いかに怒らずに相手の立場に立つことが大事かということをやっていたのに、今は怒れない上司が増えていて、それが問題になっています。

 以前、「目的を達成する説得法」でお話しした「部下の立場に立った方がいい」ということは、上司なりに気が付いているのですが、部下の立場に立ち切れない。しかも怒れない。結局、ちゃんと指導ができていないという状態なのです。

 これはビジネスだけではなくて、家族でも同じです。

 昔は父親といえばとにかく怖いものでした。規律を教え込んで、時には怒って言うことを聞かせていましたが、今そんなことしたら、「お父さん嫌い!」「ダサい」「普段は仕事が忙しくて話す時間も取ってくれないくせに、急に何を怒ってんだ?」と子供に言われる。自分が見本を示すことができないから、怒ることもできない。このように、怒れないことが今、問題になってきています。

相手をコントロール――怒るには「目的」がある

 私は、基本的には怒ることに賛成しません。なぜなら、怒るには実は目的があって、相手をコントロールするために使われるからです。この考え方はアドラー心理学の根幹です。アドラー心理学では、自分の意志に反して、怒る感情が勝手にわいてくることはないと考えます。怒るには目的がある。そう考えます。

 例えば、怒って我を忘れて大声を出すのを止められない、と思って怒っている時があるとしましょう。

 でも、電話がかかってきて、それが大切なお客さんだと分かると、「ああ、○○さん! お世話になっております!!」と、パッと変われるわけですね。怒っているのを止められないはずなのに、肝心な電話には態度を切り替えて対応できる。そして電話が終わったら、また怒り出す。ちゃんと自分をコントロールできていますね。だから、自分では意識していなくても、実は目的があって怒っているのです。

 アドラー心理学での「目的論」のお話をした時にも紹介した2つのケースを覚えていますか? 念のためにもう1度紹介しましょう。

 まず20歳の大学生の女性のケースです。

 彼女は夜中にイライラして、理由もなく腹が立って怒ってしまうといいます。なぜこんなにイライラするのか、思い当たる理由はない。そして、そんな状態が1週間くらい続いていたある日、本当に耐えられなくなったので、実家の母親に電話して、「東京だからってこんな狭い部屋で、つらくてしょうがない!」と訴えた。するとお母さんが「じゃあ、ちょっとお金はかかるけど、少し広めの部屋に引っ越そうか」って言ってくれた。

 そうしたら、どうなったと思いますか? それ以来、元気になったんです。彼女本人の中には、広い部屋に移らせてもらおうという意識はありません。でも、無意識的にやっているんですね。

 結果的に、怒る行為を使い、相手をコントロールしています。

 そして、これは怒るケースではありませんが、35歳のある女性のケース。

 彼女はうつ状態になっていました。夫は30代後半で、男として脂がのっている時で、週末もよく仕事をして、平日は帰ってくるのが深夜になる。そんな中、うつ状態が段々ひどくなっていき、ついに「もう耐え切れない」となります。彼女は、「日中は駄目だ」と言われている電話を夫にかけてしまいます。「私もう駄目。もう起き上がれない」と。そうすると、普段はあまり構ってくれない夫が、「そんなひどい事態だったらしょうがないから帰るよ」と言って、仕事の途中で帰ってきてくれる。

 つまり、彼女にそうしようという意識はなかったけれど、うつで夫の気を引いていたのですね。「そうかもしれません」と納得してくれたので、今後どうするかを考えて、うつ以外の方法、例えば付き合い始めたころのように映画を一緒に観に行くとか、2人とも好きな音楽を聴くというような方法で夫の気を引こうということになりました。

 このように、怒ることやうつ状態には実は目的があると、アドラー心理学では考えています。ただ、こうしたネガティブな感情を使って目的を達成しようとする代わりに、建設的な行動で目的を達成することが大事なのです。


 次回からは、怒った方がいいケースとそのやり方を解説していきます。

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ピークパフォーマンス 代表取締役

平本あきお(ひらもと あきお)

 1965年神戸生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了(専門は臨床心理)。アドラースクール・オブ・プロフェッショナルサイコロジー(シカゴ/米国)カウンセリング心理学修士課程修了。人の中に眠っている潜在能力を短時間で最大限に引き出す独自の方法論を平本メソッドとして体系化。人生を大きく変えるインパクトを持つとして、アスリート、アーチスト、エグゼクティブ、ビジネスパーソン、学生など幅広い層から圧倒的な支持を集めている。最新著書は、『すぐやる! すぐやめる!技術 ― 「先延ばし」と「プチ挫折」を100%撃退するメンタルトレーニング』。コミュニケーションやピークパフォーマンスに関するセミナーはこちらから。


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