第4回 本部からの呼び出し奇跡の無名人たち(1/2 ページ)

和人がC市の営業所長に赴任してから、1カ月。最初の月に売れたのは120回線強。全国100の営業所の中で最下位だった。本部からの呼び出しを受けた和人に衝撃の宣告が――。

» 2008年09月10日 08時30分 公開
[森川滋之,ITmedia]

前回のあらすじ

 マイラインの営業で名を馳せた吉田和人は、ある通信事業者から営業所長を頼まれる。「優秀なメンバーを集めた」という触れ込みだったが、最初の1週間の営業成績は0回線に終わった。

 巻き返しを図る和人は、本部に内緒でチーム編成を刷新する。マザーとクオーターは個人を対象にした「仲良しチーム」、ロバさんとオタクは中小企業を攻める「ロバさんチーム」、タカシとショージは大手企業に営業する「大口兄弟チーム」、イケメンとジンジの営業サポート――。イケメンがアポを取りまくり、ロバさんチームと大口兄弟チームのスケジュールは埋まっていく。一見、功を奏したに見えたが、個人向けの仲良しチームの先が見えない。

 心配な和人は、仲良しチームに同行して営業に出かける。自然な会話で営業先の心をつかむ和人。秘密は「いきなり売り込まないこと」「求められるまでは、絶対に商品の説明をしないこと」の2つだった。

 コツをつかんだ仲良しチームの売り上げは上がったが、営業所全体の成績としてはまだまだ。悩む和人であった――。

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 和人がC市の営業所長に赴任してから、1カ月と少しが経った。月間の目標契約本数は350回線だったが、最初の月に売れたのは、120回線強。全国100の営業所の中で最下位だった。

 マザーとクオーターの仲良しチームは、例の同行のあとコンスタントに販売できるようになった。しかし、個人向けでは、かけた時間に見合うだけの契約本数にならない。普通の家は1軒につき1回線が普通だからだ。

 大企業中心の大口兄弟は、まだ芽が出ていない。ときどき進捗(しんちょく)状況を確認しているが、頑張ってはいるようだ。こちらは時間がかかるのは分かっている。自分の出番はまだ先のようだ。

 問題は、中小企業を回っているロバさんチームである。ロバさんは非常にのんびりしている。その分仕事は丁寧で、お客の言うことを一言一句メモして帰ってくる。オタクで答えられるところは答えるのだが、多くは宿題となる。それを、ジンジが本部の技術者でこれはと思う人間にメールで質問する。その回答をオタクが資料化して、また客先に持っていく。

 要するに仕事はやたら丁寧だが、効率が悪い。だが、和人には思うところがあり、そのまま放任している。

 ――と言う状況なので、実質は仲良しチームの個人向けの契約が大半。120強の契約本数でもかなり頑張っているというのが、和人の評価だ。

 しかし、本部はそういう風に評価しないだろう。いつの間にか、木々の緑は濃くなり、日差しが強くなった。マザーはUV対策しないと外回りできないと騒いでいる。そうでなくても、5月はゴールデンウィークがあるので、前半の契約本数はほとんど伸びていない。

 そろそろかな、と和人は思った。

 5月も15日となった。現時点で今月の契約数は100回線弱。先月のことを思うと、はるかにいいペースだ。ようやくロバさんチームの丁寧な仕事が実ってきた。信頼してくれた企業が、いくつか契約してくれるようになったのである。

 なにしろ2、3回やり取りすると、すぐにA4サイズで50ページを超える資料になる。内容もジンジが選んだ人間が答えてくれたものなので、信頼性が高い。オタクはなかなか文才があって、専門用語を中小企業の経営者にも分かるようにリライトできる。彼にもそれなりに専門知識があるからできることなのだ。さらに、ロバさんの愚直な仕事ぶりも苦労の多い中小企業の経営者にはウケている。

 実は、質問内容というものは各社大差がない。だんだんと本部に聞かなくても、手元の資料から新しい資料を再生産できるようになってきた。効率が上がってきたのである。数回通わないと契約が取れなかったのが、今では1回持ち帰ったら、次で取れるという会社が増えてきた。

 これが和人の狙いだった。

 人にはそれぞれやり方がある。愚直でなかなか芽が出てこないが、後になって最初の努力が効いてくるやり方もある。ロバさんチームのやり方がそうだった。

 多くのマネージャーは、結果が出てこないと、自分のやり方を押し付けようとする。だがそれは、必ずしも押し付けられたほうにふさわしいやり方ではないかもしれない。自分らしくないやり方は、やる気をそぎ、結果として能率も上がらない。

 逆に、本人にあったやり方を一生懸命やっている人間に対しては、ただサポートしてあげれば、必ず結果が出る。それが和人の信念である。彼自身、押し付けられるのが嫌いなので、なおさらそう思う。

 和人がロバさんチームに結果が出だしたことに満足していると、事務のアネゴが本部からといって電話を回してきた。

 アネゴは、30代半ばの派遣事務員だ。いくつもの会社を渡り歩いているベテランである。直言するタイプだが、裏表がない態度で営業所全員から好感を持たれている。20代半ばでも通る愛嬌のある顔立ちも好感の理由かもしれない。

 「明日、本部まで来い」と営業本部長からのお達しだった。数日前「そろそろかな」と思っていたことが起きてしまった。

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