わずか4年で3度も被災 コロナの「生きた」事業継続計画とは?「いざ」への想定力が決め手、企業の震災対策&グッズ(1/2 ページ)

わずか4年の間に震災2回水害1回と、3度も大きな自然災害に見舞われた企業がある。新潟県の住宅設備機器メーカーのコロナだ。コロナが被災経験から導き出した、従業員の家族や地域ぐるみの「生きた」事業継続計画(BCP)とは?

» 2008年08月29日 08時30分 公開
[SOS総務]
SOS総務

 よく大災害に遭うのは数十年に一度くらいだといわれるが、新潟県三条市の住宅設備機器メーカーのコロナは、わずか4年の間に3度の大きな自然災害に見舞われた。

 しかし、同社はそのような状況下で、常に業務継続性を確保することに成功している。その秘訣(ひけつ)は何か。緊急時、復旧時の対応についてIT企画室副部長の今井辰夫さんと、広報室副部長の高橋邦雄さんに貴重な体験談を伺った。

編集部注:BCPとは?

BCP:「Business Continuity Plan」の略。「事業継続計画」のこと。

テロや自然災害時など、予測できない災害などに見舞われた企業が、倒産に追い込まれることなく早期復旧するための行動計画。2001年の米国同時多発テロや、2004年の新潟県中越地震などを受け、企業の注目度が高まっている。


今井さんが撮影した被害直後の状況 新潟・福島豪雨による本社の被害(2004年7月13日)

(左上)駐車場では、従業員の車や社用車合わせて700台が水没。濁流にのまれて、遠方に流された車もあった。(左下)多くの書類も泥水にまみれた。写真はそれを乾かしている様子。中には紙同士が張り付き、はがそうとしたら破れたりして使えなくなったものも多数あった。これを機に電子化を進めた。(右)約50台のPCとともにプリンターなど周辺機器も相当数泥をかぶった。

「あっ」という間に床上150センチが浸水

 それは2004年7月13日、火曜日の午後1時半ごろだった。「泥水が流れ込んできたかと思うと、あっという間に水かさがドンドン増してきたんです」と今井さんは振り返る。

 新潟県南部は活動が活発化した梅雨前線の停滞により、前日12日の夜から集中豪雨に襲われていた。朝になっても雨の勢いは増すばかり。それが、記録的な雨量を観測した新潟・福島豪雨である。

 コロナ本社のある三条駅付近は、信濃川の支流である五十嵐川が流れており、いわゆるゼロメートル地帯もある。ゼロメートル地帯とは、地表標高が満潮時の平均海水面より低い海岸付近のことをいう。

 かつては洪水頻発地だったが、上流に大谷ダムが建設された1993年以降は水害から遠ざかっていた。しかし、時間雨量最大50ミリにも及ぶ雨に、堤防が約70メートルにわたって決壊。コロナ本社にも濁流が押し寄せたのだ。

 いつもは別棟の2階にあるIT企画室にいる今井さんは、その時たまたま本社の1階にいた。

 「大急ぎでドアのすき間にガムテープをはってふさいで時間稼ぎをしながら、PCを片っ端から運び上げました」(今井さん)

 懸命の作業も、30台を移動させたところで水位が腰高を超えたため断念。最終的には床上150センチの浸水となり、残り70台は完全水没した。そこで、今井さんはその様子をデジタルカメラで撮影し、携帯電話を使って関係各所に送信したという。

 「この状況は画像で見てもらわないと伝わらないと思ったのです。ありがたいことに、PCメーカーが、復旧用にと50台のPCをすぐ用意してくれるなど協力を得ることができました」(今井さん)

 加えて幸いだったのは、2001年の時点で、生産、物流、販売などの情報を管理する基幹システムを新潟市内のデータセンターにアウトソーシングしていたこと。これはIT部門の効率化の一環でしたことだったそうだが、おかげで被害に遭わなかった。そのため、本社機能を滞らせることなく業務を継続することができた。

 同社ではこの体験を踏まえて、情報システムの基盤の整備に取り組み、現在では情報運用リスクを分散するため3カ所のデータセンターに預けている。

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