大地震発生時はしがみつくのがやっと。避難経路を確保するためドアを開けにいく余裕はないという。揺れが収まり、気付けば室内に閉じ込められてしまった。同僚が下敷きになっている――。そんな事態を想定し、事前策を考えてみた。
オフィスで仕事中、大地震が発生したら――。
企業ができる震災対策の1つに、ヘルメットなど机周りに備えるグッズを用意し、従業員自身の防災意識を高めることを提案した。震災直後、ヘルメットなどで落下物や飛散物から身を守ったら、次に何をしたらいいか想定してみよう。
「避難路を確保するため、揺れを感じたらドアを開けましょう」という専門家の話をよく耳にする。だが、1995年1月17日の阪神・淡路大震災の被災者たちからは、「揺れている時はしがみつくのがやっと。ほかには何もできなかった」という話を聞いた。
また、2008年7月4日に都内のコクヨホールで行われた「防災セミナー」では、震災発生時、神戸市三宮にあるコンビニの防犯カメラがとらえた映像が流れた。ピキピキ……と、出入り口のガラスの自動ドアがきしむと、店員と客の2人は、レジカウンター越しに一斉に顔を見合わせる。その直後、激しい揺れが店内を直撃。しがみつくどころか完全にフリーズしてしまった2人の映像は、数秒後にモノクロームの砂嵐に変わった。
震度7の大地震だった。その被災者たちの談話や防犯カメラの映像を考えると、大地震の発生直後に「ドアを開けて避難路を確保」するのは、まず不可能だ。揺れが収まった時に初めて避難経路を確保しようとしたら、既にドアがゆがんで開かなくなってしまい、オフィスに閉じ込められていた、なんてこともあるだろう。
それどころか揺れが収まり、気付けばフロアの誰かが物の下敷きになっている可能性もある。兵庫県医師会によれば、阪神・淡路大震災による死者約6000人のうち、圧死と窒息死が8割に上った。多くは即死。だが、救助された人も含まれている。つまり、救助後しばらくたってから命を落とした人もいるのだ。この原因は「クラッシュ症候群」――。救助に時間がかかると、圧迫によって細胞が壊死するのである。
防災・危機管理アドバイザーの山村武彦氏によると、この時の負傷者数は四肢外傷が740人、脊髄外傷が376人、クラッシュ症候群が372人だが、このうち死亡者数は四肢外傷が2人、脊髄外傷が3人、クラッシュ症候群が50人。クラッシュ症候群の死亡率が圧倒的に高かった。
防災ソリューション事業も手がけるコクヨS&Tは、室内に閉じ込められた時の“三種の神器”として、バール、ジャッキ、ノコギリを挙げる。バールはドアなどをこじ開けたり、重い物をどかしたりするのに使う。「大抵の場合、バールがあればなんとかなる」(同)が、バールでもダメならジャッキを使う。
ただしノコギリは、木造建築物で柱などを切るのに有効だが、鉄筋のオフィスビルでは役立たない。鉄筋のオフィスには、ハンマーの方が破壊力があって役立つという。
同社では、オフィスで閉じ込められたり下敷きになったら、脱出や救助のためにバール、ジャッキ、ハンマーが必要、という考えのもと「レスキューキャビネット」というオフィスフロア用の備蓄セットを用意している。
三種の神器をはじめ、救急用品セット、多機能ラジオライト、救助ロープが各1つずつ。そしてスタンドライト、ヘルメット、ヘッドライト、革手袋、保護メガネ、ホイッスル、防塵マスクが2つずつ入っている。
またオフィスのフロア間をエレベーターを使って移動している最中に、被災することがあるかもしれない。大抵のエレベーターは震度5以上の地震に被災した場合、自動制御装置が働いてエレベーターが止まって閉じ込められることもある。コクヨS&Tでは震度5を観測した2005年7月23日の千葉県北西部地震で、約80件のエレベーター停止・閉じ込めがあったことを受け、「エレベーター用防災キャビネット」も用意した。
キャビネットには多機能ラジオライト、ホイッスル、救急用品セットが各1個。50ミリリットル入りの非常用飲料水、非常用食料が各10個。大小の簡易トイレが各3回分。ブランケットとサイリュームライトが各2個が入っている。救助されるまでしのぐことを目的にしたセット内容となっている。
エレベーターには車いす用の手すりが備わっている場合もあるため、同社では手すりの下で収まる高さのSタイプと、手すりのないエレベーター用のLタイプの2種用意している。またエレベーター用キャビネットはオフィス用に考案したが、一般のマンションからの問い合わせも多いという。
「レスキューキャビネット」「エレベーター用防災キャビネット」は、デッドスペースなどを活用できるよう三角柱型をしている。
また、キャビネットのドアは1度開けたら専用の鍵がないと閉められない。こうしておけば、鍵の管理者だけがドアを閉めることができるから、誰かのいたずらでキャビネットが開けられ、物がそろっていないままふたたびドアを閉められた結果、いざという時に必要な物が入ってなかった――ということを防げるという。
さらに、キャビネット本体のドアがいざという時に開かないことのないよう、同社では耐震試験を実施。「震度7程度までならドアが開く」ことを確認済みだ。
ピキピキ……と、オフィスの窓ガラスやドアがきしんだ瞬間、フリーズしてはいけない。防犯カメラの映像はそう教えてくれた。だが実際にフリーズしない自信はない。いやきっと、してしまうだろう。それでも防災グッズで少しでも助かる可能性が高まるなら……。カメラから流れるザーザーという砂音を聞きながら、筆者はそう思うのであった。
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