決してパニックにならない緊急事態の心得樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

「助けてくれーい。拘置所から出られない!」と叫んだのは、サウジアラビアで交通事故にあった時。身元の確認が済むまで拘置所に入ったのだが、筆者はこの時は相当あわてたものだ。危機管理という意味では、焦りは禁物だ。

» 2008年04月04日 19時39分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 サウジアラビアで、筆者自身が交通事故にあった時には、身元の確認が済むまで、拘置所に入った。筆者はこの時は相当あわてたものだ。必死になって、警察署長の電話を使わせてもらって、サウジ人である友人にコンタクトを取り、「助けてくれーい。拘置所から出られない!」と叫んだ。

 結局、2時間程で解放されたのは、友人が身元保証してくれたおかげだ。拘置所を出て、自宅に戻るとヨメサンがおにぎりを握っていた。

 「あれもう出てきちゃったの。珍しい体験だから、もう少しゆっくりしてくればよかったのに。せっかくだから、おにぎりの差し入れでもと思っていたのよ」と言うのには、呆れた。心配するより好奇心の方が先の人だ。ヨメサンと筆者とは人種が違うと思った。

筆者に大きな影響を与えたとある出来事

 樋口家のことは置いておくとして、筆者に大きな影響を与えたケースがあった。それは日本の大きな某公共事業系の会社を訪問をした時のこと。今はきっと安全管理が進んでいて、外部の者が社内の業務ゾーンまで入ることはできないだろうが、その当時は受け付けで会社名を伝えれば、訪問部署を報告すればその部署の業務しているフロアまで上がることができた。

 エレベーターホールから、目的の部署のドアを開けて部屋に入った。担当の課長を呼んでもらって、あいさつしようとしたら、そこの雰囲気がいつもと全く違っていた。

 ピーンと張り詰めた緊張感があった。数十人もいる大きな課であったが、ほぼ全員が電話にかかっていた。課長を見ると、席の周りに主任が2人椅子に座って課長と打ち合わせしながらノートに書き込みをしている。誰も笑っていなかった。

 (何かあったな)と思った。課長に会いたかったから来たので、肝心の課長があんなに忙しいならば、あいさつもできないと思って帰ろうかと思った。ただ、その会社に対して、いくつかの案件を進めていたから、念のために聞いたほうがいいかなとも思った。

 通りかかった顔見知りの女性の事務員に「何かトラブルですか」と聞いたが、「ちょっと取り込んでおりまして」との返答。当然ながら詳しくは話してもらえなかった。邪魔にならないよう、入口から離れたところでもう少し様子を見ていようと思った。どうやらかなり深刻な技術トラブルが起こったに違いない。課長が指示をすると、その前に座ってい主任の2人が席を立ち、ほかの課員たちに指示を出した。指示を受けた課員たちは方々に電話をかけ始める。その動きが実に早い。

 主任たちは、指示をするとまた課長の席の前にノートを持って座りなおす。そこに担当者が電話を終えて1人1人、結果を主任に報告に行く。それをノートに書き込んで、課長と打ち合わせを続けている。これだけのことだが実に行動が早い。課長も落ち着いて、テキパキと指示を出していた。

 まさに危機対応のフォーメーションだった。緊急事態の場合、あのように筆者は落ち着いて、処理ができるだろうか。筆者の部下たちも、同じようにそれぞれの役割を果たすだろうか。

 冷静な課長にあとで聞いた。「そうなんですよ。かなり広域のトラブルが発生したのです。それを復旧するのに、全員が最適の方法を求めて懸命の努力をしていたのです。会社の上からの問い合わせもありました。大きなユーザーには、私も連絡を入れましたからね。あのような緊急の場合には、伝統的に処理の仕方が決まっています」

トラブル対応 7つのポイント
1 携帯電話や固定電話、Skypeなど、でき得る限りの通信回線を確保
2 トラブルの原因そのものの回復を優先させる。全力で取り組むこと
3 言い訳やお詫びは優先事項ではない
4 日ごろ危機対応のリハーサルをしておく
5 事前に、本社と現場で判断していいことの取り決めをしておく
6 トラブルとトラブル解消の詳細を記録しておくこと
7 トラブルが解消したら、お詫びや説明に急げ

 この危機対応体制は、大いに参考になった。筆者も、技術関係のトラブルが起こり得る会社で仕事をしていたから、緊急の場合にはとにかくあわててはいけない事を痛い程体験している。とにかく、一刻も早く正しい状況を把握して、客先を含めた関係者への対応を考えなければならない。

 筆者が出向していたのは通信会社だったから、まずは復旧させることが最も重要であった。トラブルが長引く場合は、解決予定の時間や見通しを伝えて、主要なお客に、担当を電話で張りつけさせて、解決するや否や、筆者と担当がすっ飛んで、謝りに行くことが筆者の考え方だった。それでも、まだ、トラブルが起こったら、現場に走っていきたいという気分は変わらないが。

24時間対応は海外経験から

 海外に駐在していた時、担当しているプラントや機械のプロジェクトに技術的なトラブルが生じたら、筆者はいつでもヘルメットと作業着を着て、現場に飛び出していった。操作ミスで現場が火事になったこともあったし、輸送している貨物が交通事故にあったこともある。そんな時は、相当あわてた。

 事務所の留守をほかの人に頼んで、筆者自身は現場にすっ飛んで行く。事務所で考えているよりも、まず客先や現場に行くことが大切だと思っていた。国内でもそうだが、特に海外ではいつ何が起こるか分からない。また放置しておいたら、とんでもないことが起こる可能性もあると思っていたからだ。

 筆者は24時間対応で、緊急の場合はいつでも出られるようにしていた。20年間の海外勤務で、夜中に国際電話で何度も叩き起こされた。かつて通信会社に出向していた時には、システムの保守担当ではなくても、保守が必要な仕事であれば、24時間のビジネス対応が必要だと信じている。

 海外勤務中の“被害歴”は、リンチが1回、リンチ未遂が1回、強盗が2回……。このほかにも、悪徳警官と税関の税務官に投獄させられかけたことが2回あった。小さい時から筆者は気が小さくて、心配症で、あわてがちだが、殺されかけるような深刻な時には、かなり冷静だったのは自分でも意外だった。

今回の教訓

ハートは熱く、頭は冷静に――。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

 1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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