“内部通報”は金の卵――低コストで社内を自浄全国リスクマネジメントセミナー

 今の時代、内部告発から企業不詳事が明らかになることは珍しくない。とはいえ告発に踏み切るには勇気が要る。誰もが内部通報しやすくするにはどう環境づくりをすればいいのか、そのファーストステップを考えてみよう。

» 2008年03月14日 19時28分 公開
[豊島美幸,ITmedia]

 「外部機関に告発される前に、まず社内で内部通報してもらうことが先決。そのためには内部通報しやすい土壌を作る必要があります」。

 3月12日、都内で行われた「全国リスクマネジメント研究会」のセミナー会場で、講師を務める日本アルマック・ヘルプラインの和田新氏はこう解説する。

「内部告発」と「内部通報」はどう違う?

 どちらかといえば、「内部通報」より「内部告発」の方が耳になじんでいる。これは「内部告発」が「内部通報」より使用頻度が高いからだ。

 「内部告発」は、広義では社内からの告発全般をいう。社内であれ社外であれ告発先は問わない。ところが報道などでは、マスコミや行政など社外組織への告発を指すことが多い。この「内部告発」に対し、社内への告発には「内部通報」が使われているのだ。

 ちなみに公益通報者保護法には「内部告発」も「内部通報」も一切出てこない。どちらも「公益通報」という用語で統一してある。


1ケ月700件を超える内部告発

講師を務めるのは企業リスク管理のエキスパート、和田新氏

 和田氏によると、内部告発が裏切り行為でなくなった背景に、規制緩和による終身雇用の崩壊と、IT社会の到来がある。このことが人や情報の流動化を促し、ビジネスパーソンの働く意識が激変。会社への忠誠心よりも個人の正義を優先しやすい社会になったという。

 法律の整備も、個人の正義を優先しやすくなる後押しをした。2006年4月施行の「公益通報者保護法」は、パートやアルバイトにいたるまで全ワーカーが対象になっている。ワーカーが内部通報をしたことが原因で、報復人事など不利益を受けることから保護するのを目的とした法律だ。

 法律制定の背景には、内部告発したために1974年から31年間にわたり、会社から不当な扱いを受けつづけた運送会社社員の裁判事例がある。会社に損害賠償と謝罪文を求めたこの裁判は、会社に損害賠償の支払い命令が下り、最後は和解で落ち着いた。

 2000年に三菱自動車や雪印食品、東京電力による長年の不祥事隠しが内部告発で明るみになった。最近では2007年を代表する漢字が、偽装の「偽」だったことが記憶に新しい。偽装を暴く発端は、やはり内部告発である。こうした事件は、内部告発の認知度を高めた。ただ和田氏によると、それでも報道による不祥事は氷山の一角にすぎず、現在でも1カ月700件を超える内部告発がされている。

※お詫びと訂正(3月17日):初出で「1日700件」と記述しましたが、「1カ月700件」の誤りです。お詫びし訂正させていただきます

歓迎すべき内部告発の要は“内部通報”

 和田氏は内部告発は「歓迎すべき」だという。なぜ歓迎すべきなのか。内部告発には自浄作用があるからだ。和田氏によると、内部告発を管理する方法は3つある。

 まず1つ目は、外部機関への内部告発が実際に行われてしまった場合の事後対処を、あらかじめ準備しておくこと。対処の仕方で企業イメージが大きく変わるからだ。

 「第一、内部告発されるような問題を経営陣が知らないわけがない」(和田氏)。こうした問題は、企業内で長年にわたり起こっているもので、それが内部告発によって明るみになるだけ。だから内部告発されるだろう問題について、予め解決すべき対策は事前に立てておけるはず、というわけだ。

 2つ目は告発される前に、企業内に起こっている、または起こりつつある問題がなにかを把握し、法令順守に徹すること。

 それには常に社内を徹底調査しておく必要がある。具体的には全ワーカーからヒアリングやアンケートを行うこと。しかも定期的に実施しなければならない。「そのためいざ実践しようとすると、物理的なコストもバカにならない」。

 そこで3つ目が登場する。社内への内部通報だ。

 和田氏によると、通報者はいきなり外部へ内部告発することは多くはないという。外部に訴えるのは最後の手段。つまり内部で訴えても握りつぶされる恐れのあるときや、握りつぶされた後に外部へ走るのだ。

 本来は事が大きくなる前に、まず社内で通報してもらい、この段階でしかるべき対処さえ施せばいいだけ。こうしておけば法令遵守のために、わざわざコストをかけて徹底調査する必要もなくなるはずだという。

 つまり、外部へリークされれば、事後処理によっては会社運営に影響する大きなリスクが伴う。かといってコンプライアンスのために高いコストを支払ったため、経営が悪化でもしたら本末転倒。だったら社内のワーカーからの通報制度をコンプライアンス調査の代わりとして、自浄効果を持たせればいいという発想だ。

 もともと法制定の背景は「告発者の不当な扱いをやめましょう」というところから来ているが、和田氏はもう一歩進める。「低コストな自浄機能として、内部告発を積極的に活用しましょう」という考え方だ。

法整備で終わらせない。周知と窓口設置でワーカーに安心感を

 さて、社内で内部通報してもらうには、まず通報制度があることを周知することから始めなければ、せっかくの制度が生かされない。だからまず周知を徹底し、それができたら受け皿の窓口で、通報や相談を受け付ける。さらに受け付けた内容が「自浄すべき問題なら自浄していくべきだ」。「公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドライン」によると、自浄ステップは次のようになっている。

自浄ステップ 内容
通報の受付 メール、電話、ファックス、直接などの方法で通報。相談窓口も設置
調査 通報された内容が調査すべきか見極め、必要なら調査へ
是正 人事異動などで問題を是正
フォローアップ 再発防止策を講じる
同時に通報者が定年を迎えるまで、不当な扱いを受けないよう保護

 ガイドラインには、全ステップにおいて「通報者の個人情報などの保護」「不当な扱いからの保護」などが盛り込まれている。また、通報内容を握りつぶされないために、企業は通報を受けた日から20日以内に、通報対象となった者に通報内容を伝えなければならない。さらに「企業は内部告発制を導入しないと上場もできない」と付け加えた。

 従業員の声を大事にする。そして見張り役や監視役になってもらい、マネジメントに役立てる。この発想を生かすためには、まず企業の取り組みをワーカーに信用、信頼してもらわないと、法律だけが現場からかけ離れてしまう。具体的に通報者をどう保護していくかを提示すること、そのうえで「安心して通報してください」と訴えていくことが内部告発の第一歩だ。

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