値切れないと、値切られる――タフ・ネゴシエーターへの道樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

営業マンは、値切られ上手でなければいけない――。値切られ上手になるには、普段の買い物から値切って、値切る側の気持ちを知っておく必要がある。顧客との厳しい交渉をくぐり抜ける「タフ・ネゴシエーター」になるには“値切り”がキーワードなのだ。

» 2007年06月14日 15時07分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 営業マンは、値切られ上手でなければいけない――と思っている。他社との激しい競争の中で顧客に売り込みを掛ける時、営業マンにはいくつもの交渉ごとが降りかかってくる。継続的に自社製品や自社のサービスを使ってくれていたロイヤルティの高い顧客であっても、長期にわたってなんのケアもなく放置していたら他社にかっさらわれることになる。大事な顧客との交渉劇、いくつかの“山場”を超える必要が出てくるのだ。

 最大限の満足を引き出すのは品質だけではない。価格だって重要だ。ほんの少しであっても値引きすることで、顧客が大いに満足することもある。顧客満足度の最大化が営業という“売り込みビジネス”の目標であるならば、最後の最後に何か顧客が満足するようなプラスアルファを付け足すことが営業のコツなのだ。

 世の中のトップセールスマンと言われる人たちの多くは値切られ上手。なぜなら最後の最後にという「値切られタイミング」を熟知しているからだ。顧客が迷っている土壇場で、上手く値切られるからこそ大きな商売が決まるのである。では、いかに値切られ上手になるかが問題になる。

 その答えは、普段から自分が値切ること――。筆者自身、自分のことを根っからの商人だと思っている。3000円程度のちょっとしたものを買うときは、必ず「少し値引きをして欲しい」と、ほぼ間違いなく伝える。

 普通の店でも大型量販店でも関係なく、値引きを要請する。果物屋でサクランボをバラで買う場合、秤に置くタイミングで「少しまけてね」と軽く言う。たったこれだけで、サクランボ3個は多くなる。百貨店でも伝える。

 営業マンとして世界中で“買い物”を経験してきた筆者は、どこで買うにも値切ってきた。ちょっとしたものを買って値切ることをしないと、きっと「バカにされる」ことを経験として知っているのである。

 ここで、筆者が8年半駐在したサウジアラビアで学んだアラビア人直伝の交渉術をご紹介しよう。シーンは、ヨメサンがちょっとしたハンドバッグの買い物をする場合――である。

No. 交渉段階 内容
1 当事者間による値引き交渉 まずヨメサンが値引き交渉をして、獲得できる最大の値引きを得る。その間、筆者は素っ気ない顔をし、売り場の端でよそ見を装う。
2 交渉同化・軟化交渉 ヨメサンが店員を筆者のところに連れてくきて、「これで買ってもいい?」と購入の可否を聞いてくる。ヨメサンがお店の交渉相手と一体になっている風をしていることがポイントだ。担当者の気持ちを引き付け、相手が逃げないようにする。
3 上位権限者による突っ返し行動 筆者は「もっと値段を下げてもらいなさい」と容赦なく突っ返す。
4 決定権者引き出し交渉 ヨメサンは売り場のマネージャーへ値引き相談をするように頼む。マネージャーが多少の価格決定権限を持っていることがあるからだ。
5 購入数増による値引き交渉 これで更に安値を獲得できれば、買いたい商品の種類や数を増やして、更に安値を要求することも。
6 擬似交渉による引き止め 呆れた交渉相手が逃げないように、ヨメサンが相手と同じ立場に立って私を非難しているような哀れな顔を見せる。ヨメサンが筆者と交渉をすることもある。これを「疑似交渉者」と呼ぶ。
7 付帯交渉 値段が折り合ったら、最後にオマケやサービスを要求する。アクセサリや化粧品などを付けてもらった。

 実際、有楽町の某大型量販店で緊急値下げの約5万円台の最新デジカメを、ポイントを含めて2万5000円程度で購入した。これ以上の価格交渉はさすがに断られたが、最後はイベント用の特製ストラップを付けてもらった。

 ただ、値引きを伝えても相手にしてもらえないこともある。スーパーやコンビニでは、いくら値切ろうとしても値切ることはできない。レジの女性にそれだけの権限もないし、次の顧客が並んでいるからだ。1つずつの単価が設定されており、しかもそれぞれが安いとどうしようもない。ここは引き下がろう。また、関西と比べると関東では、値引きすることに引け目を感じる人も少なくないようだ。

 店員も「値引きできるわけがないでしょう」と、あからさまに呆れた顔を見せることも多い。そんなときは相手の断り方を観察しよう。かなり無茶な金額の値引きを頼んで断られたとしても、店員に客をバカにしたような態度や言動が見えたら、その店では意地でも買わない。売る側の熱意、親切さ、丁寧さ、アフターサービスなども当然、大切だ。場合によっては価格以上に大切な要素でもある。

 それに同じ断るにしても姿勢や態度などに納得できるかどうか、反面教師としてしっかり見ておく。交渉術として覚えておくと後々役に立つのだ。


 商社を定年退職してから独立して研究所を構えた今も、まだまだ値引き交渉を続けるつもりだ。新社会人になった新米からベテランまで、万全の心構えでショッピングに臨もう。相手の目を見ながら、向こうの気持ちを読んで値引き交渉することは、ビジネス感覚を鍛えることになる。何より、顧客満足度を高めたいと思っているビジネスパーソンは、上手に値切られ役を演じる必要があるからだ。はい、言ってみよう。「値段を下げてください」

今回の教訓

値切られ上手は値切り上手。気恥ずかしさは一瞬、効果は一生――。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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