新人の“リセットボタン”を押せ樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

筆者は新人の配属に合わせて、ノート術をはじめ毎年いくつかの行事を考えていた。その中でも、学生気分を断ち切るイベントが重要だった。

» 2007年05月17日 10時00分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 新人の配属に合わせて、毎年いくつかの行事を考えていた。すでに説明したノート術(3月30日の記事参照)は、とても大切なカリキュラムであったが、それ以外にもいくつかのお決まりのことをやっていた。

新人は“禁煙詰め寄り”儀式

 たとえば、着任の日の挨拶。部長である私の机の前に2人の新人たちが並ぶ。「本日、着任しました鈴木です」「山田です」。

 筆者は新品のノートを渡す前に「ご苦労さま。ところで、君たちはタバコは?」と単刀直入に尋ねた。1人は「吸いません」。もう1人は数秒の沈黙の後で「……吸います」。毎年着任してくる新人の割合から言えば、タバコの喫煙率は50%程度だっただろうか。

 「ああ、そう。じゃ、今日から禁煙にしてくれないかなあ」「……」。いきなり禁煙を切り出されては、いかに優秀な新人とはいえ即答できない。この間、筆者は机の上で握り締めているペンの先を見ている。毎年恒例だが部内が一瞬静まり返る。数秒後、ようやく「分かりました。止めます」とポツリ。「そうか、よかった。おーい、みんな、X君は今日からタバコを止めるって。よかったね」と言うと、部内の女性たちが3名ほど拍手することになっていた。「ウエルカム」と筆者は新人たちと握手をして、タバコと100円ライターを自主的に廃棄させる。

 新人たちが「喫煙を続けます」と言ったとしても、筆者はもちろん怒らない。事実、半数は数カ月で喫煙者に戻ったり、ほかの部に転出していって、そこで喫煙を再開したりしていた。だが、この方法で、新人たちの喫煙者の半分くらいを禁煙にできた。タバコをやめるのは、新人ならではの最高のタイミングなのだ。

 筆者自身、今まで一度もタバコを吸ったことはないが、海外で長く生活していると「喫煙者は今に徹底的に差別されるだろう」と予測していたから、とにかく社会人ホヤホヤの新人たちにはできるだけ禁煙して欲しかった。喫煙者が減ることは、喫煙者の周囲が受動喫煙することも減るわけだ。

もう1つの狙い

 この“禁煙詰め寄り”儀式のあと、新しいノートを渡して、業務日誌を書くように指示する(3月30日の記事参照)。次に名刺の確認だ。「おーい、新人たちの名刺はできているか」「はーい、できています」「じゃ、午前と午後に1人ずつ、客先へ連れて行ってやろう。課長も同行してくれ」。

 筆者は毎年、新人たちが着任すると、まず最重要顧客のところに案内することにしていた。それもできるだけ高い役職・ポジションの担当者のところだ。新人たちは、着任した日のことをいつまでも忘れないでいるものだ。着任した日に、まさかと思えるようなところに連れて行って、「今年入社のほやほやです。当部をどんどん増員増強しています」と説明するのである。

 それと同時にもう1つの狙いがあった。それは筆者の人となりが新人たちに露見する前にやっておく必要のあること、つまり職場の雰囲気に慣れる前に新人の“リセットボタン”を押すことだった。

 最重要顧客は通常、我が部でも課長クラスが担当している。部長の筆者と課長と新人の3人がこちら側に、先方は部長と課長であちら側に座る。ひと通り挨拶が済んだあとは、にこやかにお茶を飲みながら最近の業界の動きなどを説明し、先方からの質問を受けていた。30分ほどすると話し合いが終わる。客先の玄関を出た時、「君、どうだった」と新人に私が尋ねるのだ。

「はい、着任最初の日に、こんな重要なお客様を訪問したので緊張しましたが、もう大丈夫です。ホッとしました」

「おい、ちょっと勘違いしているのじゃないか。今日の訪問のメモは、君が作るんだよ」

「エッ!」

「そりゃそうだろう。君以外に誰が作るんだ。私は先方と話していたんだよ。だいたい、君に渡したノートはどうしたんだ」

「会社に置いてきました」

「おいおい、冗談じゃないよ。何のためのノートなんだ」

「!……」

「君、いい加減にしろよ。いつまで学生気分でいるんだ。入社して、1カ月半も経っているじゃないか。ふざけるんじゃない」

「すみません……」

 新人の向こうで、課長が笑いを押し殺していた。学生であることを卒業させること――これが“リセットボタン”なのである。何年間か、このリセットボタンを押すのを楽しみにしていたら、誰かがリークしたらしい、数年後の新人たちは客先でノートにがんがん議事録を書き込むようになってしまった。教育好きな筆者が、それを見て“がっくり”したのは言うまでもない。

今回の教訓

リセットボタンで「やり直し」はゲームの話。現実社会はリセットボタンで「切り替え」しよう。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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