誰も使っていなかった「電卓」が将来を決めた樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

三井物産に入社した1971年当時、筆者の最新装備は「電卓」だった。この電卓が、海外駐在員の“道”を切り開いたのだ――。

» 2007年05月11日 23時45分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 三井物産に入社した1971年当時、筆者は最新装備を持っていた。電卓である。そのころ、物産マンでも誰も持っていなかった電卓の個人所有者第1号だったのだ。ソロバンが苦手だった筆者は、商社に入社するとソロバンで計算することになるのではないかと憂鬱だったが、入社直前の1971年1月に世界で初めて携帯型電卓をシャープが発売したのである。

海外駐在員の道、電卓が切り開いた

 「ようし。よくぞ作ってくれた。シャープよ、ありがとう」と、筆者は入社前の全財産をはたいて購入した。新書本5冊重ねたほどの当時としては“小型”サイズ。現在のような液晶ではなく、緑色が鮮やかな8桁の電子管表示だった。充電式で1時間半ほど使用すると、再び充電しなければならなかった。しかも充電中は使えなかったのだ。

 それでも、この携帯できるタイプの電卓は強力だった。もちろん当時もコンピュータが存在していたが、それを電卓のように使うことは不可能だった。計算ツールは、ソロバン、計算尺のほか、タイガー計算機というゴロゴロと手回しする機械式計算機があったが、電卓の手軽さ、正確性とは比べ物にならなかった。まるで火縄銃と機関銃の違いであった。

 大型の海外プロジェクトでは、書類の準備に縦横の無数の計算を徹夜ですることがあった。このときも電卓が役に立った。新人だった筆者は、顧客の会社に電卓を持っているという理由だけで応援を頼まれたりもした。

 だが、電卓所持の優位さは、約1年ほどで終わってしまった。カシオが廉価な製品を出したからだ。しかし、筆者は電卓をバネに1973年には、戦後の三井物産史では最も早く海外駐在員になった。新人時代に使っていたこの電卓は、36年経った今も大切に所持している。さすがに充電式電池は駄目になったが、その電卓をシャープに送ったら感謝状をもらい、ACアダプタを直結して使えるようにしてくれた。

新人のときに購入したシャープの電卓「EL-81」。いまでも“現役”だ

プリンタ付電卓って知ってる?

 筆者は、携帯できる電卓には2種類あると考えている。まずは、小さく、薄いカード型電卓で、手帳や財布に入れることができるもの。これを所持するのがビジネスマンの第1の常識だ。携帯電話で計算できるのは分かるが、兼用機で済ませるのと電卓専用機をさっと出せるのではビジネスに対する姿勢が違う。100円ショップの製品でも構わないのだ。とにかく財布や上着の胸ポケット、カバンの中などに入る小さなカード電卓があれば、ビジネス環境はもちろん、顧客からの印象もよくなる。

 もう1種類が今回の“主人公”である。現在のビジネスでも通用するユニークで、強力な電卓が残っているのだ。それはプリンタ付携帯型電卓だ。周りの先輩や同僚を見てごらん。誰もプリンタ付電卓は持っていないだろう。

左から、キヤノン製「P1-DH III」、カシオ製「HR-8TE」、シャープ製「EL-1611P」。いずれもロール紙を本体の内側に入れて、通常の電卓のように利用することも可能だ。なお、シャープの「エルシーメイト」シリーズは、1973年ころからの懐かしいブランドである

プリンタ付携帯型電卓が活躍する国

 プリンタが付いた携帯型電卓の市場は、国内ではそれほど大きくない。シャープ、カシオ、キヤノンとも実売数は明らかにしなかったが、「ニッチな市場だ」という。

 国内ではほとんど見かけることもない携帯タイプのプリンタ付電卓だが、実は米国では根強く売れている。というのも、米国では納税者が税務署に提出する書類に、計算過程などを証拠として貼付する必要があるからだ。


 筆者が営業の新人なら、間違いなくこれを購入する。売り切れにならない前に走って行く。ビジネスの現場で計算結果を印刷しておくことは、極めて重要な“証拠”になる。後から、計算が間違っていないかどうかを確かめることもできるし、計算過程を残しておくこともできるわけだ。

 顧客と一緒に計算したとき、「はい、これがご提案と計算結果です」と、計算結果を残せば記録になる。こちらが電卓を使って計算をしていても、たいていの顧客は計算結果をその場で印刷できないと思っている。通常は「後で計算しまして、メールでお送りします」ということになるが、すぐに計算を印刷すれば「この通りです。ご参照まで」とその場で商談がまとまる可能性だって出てくる。

 昔は提案書の左上に、計算根拠を示すプリンタの印字結果をクリップで付けて上司に回した。こんなことでも「気が利いてる」と評価されるたりするから分からないものだ。積み重ねれば、新人たちの中では、一歩先を進める。

 ちなみに我家はヨメサンがキヤノン、筆者がシャープのプリンタ付電卓を愛用している。実売価格は4000円から6000円ほどだ。オンラインショップでも売っている。興味のある諸君は探してみるといいだろう。

 電卓を例に進めてきたが、電卓を使わない業務の方もいるだろう。話の本質は実は電卓に限らないのだ。誰も持っていないビジネスツールを持っているとその内必ず、そのツールを使うチャンスが来る。そのデビューのときこそ、あなたのビジネスセンスが評価される――のである。筆者の場合、そのビジネスツールは電卓だった。新人諸君、あなた自身にとっての“電卓”をぜひ見つけてほしい。

今回の教訓

誰も使っていないビジネスツールを探せ――。それがあなたの“道”を切り開く。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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