仕事のレパートリーを広げるには?【解決編】シゴトハック研究所

宇宙空間で使えるボールペンを開発したNASAと、鉛筆で済ましたソ連。実はここに、仕事のレパートリーを広げるヒントが隠されています。

» 2007年01月26日 09時00分 公開
[大橋悦夫,ITmedia]

今回の課題

 仕事のレパートリーを広げるには?

 コツ:ツールに合わせて自分を“調節”する


 【問題編】では「仕事のレパートリーを広げる」という課題が設定されましたが、そもそも、

  1. 「仕事のレパートリーが広い」とはどういう状態でしょうか?
  2. 「仕事のレパートリーが広い人」とはどんな人でしょうか?

 まずは、この2つの疑問について考えてみます。「仕事のレパートリーが広い」とは、同じことをするのにも複数の方法を持っており、より適切な方法を選択することができる──という状態を指すと考えられます。従って、「仕事のレパートリーが広い人」は、そのようなことができる人、ということになります。

 では、「仕事のレパートリーが広い人」になるためには、どうすればよいでしょうか。

人は便利なものを求める

 すぐに思いつく一番手っ取り早い方法は、すでに多くの方も実践されていると思いますが、「なるほど!」とか「これは便利そうだ!」という方法を知ったら、これをストックしていくことです。「知っておくとトクをする」という知識には人を惹きつけてやみません。

 なぜなら、それによって、将来自分に降り掛かる手間やトラブルを回避できる(かもしれない)からです。つまり、「便利そうな知識」をストックしていくという行為は、将来発生するかもしれないストレスを未然に防ぐための“予防接種”になるわけです。

 ただ、これを繰り返していくと、「今は特に必要はないが、いつか役に立つときが来るだろう」という知識まで幅広く溜め込むことになりがちです。蓄積された知識を眺めていると、ある種の安心感を覚えるでしょう。それは、さまざまなサプリメントをたくさん摂ることによって、ダイエットや健康状態が保たれている感じがする、何となく気分がいい、という感覚に近いものです。つまり、実態以上に気分が盛り上がるのです。

 このような感覚でいると、少しでも不健康につながることには過敏になります。「こんな食べ物は体に悪い!」ということで、毛嫌いしたり避けたりするようになるのです。

 「便利そうな知識ストック」についても同じことが起こります。つまり、手間を掛けることをタブー視するようになり、クールでスマートな方法でやらなければ気が済まない、そのような方法でなければ、やる気が起きない、という“仕事潔癖症”とでもいうべき症状を引き起こしうるのです。

 こんな話があります。

 米国の宇宙飛行士が、無重力の宇宙空間ではボールペンが使えないことを発見。これを受けてNASAは、とある企業に宇宙空間でも使えるボールペンを数億円かけて開発した。その頃、旧ソ連の宇宙飛行士は、すぐ手に入る鉛筆を使って任務に当たっていた。


 「ボールペンが使えないのなら、鉛筆でいいじゃないか」と旧ソ連の宇宙飛行士が言ったかどうかはわかりませんが、目の前の課題について、何かすごい方法で解決をしようとするのではなく、なるべく手間をかけずに、とりあえずのレベルで乗り切れる方法をその場で考える方が、仕事をより早く進めることができるでしょう。

 つまり、目指したいゴールは、「いつか」のために日頃からさまざまな方法を幅広く集めて、その「いつか」がやって来た時に貯金をおろすように「便利そうな知識ストック」から適切な方法を引き出してくる、のではなく、直面した課題に対して、その場で適切な方法を思いつくことができる自分になることです。

 そのような人は、はた目からは「あの人はどんな仕事もソツなくこなすなぁ。レパートリーが広いなぁ」という風に見られがちですが、当の本人は、いつもその場その場で行き当たりばったり何とか乗り切っている、という自己認識を持っているかもしれません。つまり、「レパートリーを広げる」ことは行動の幅を広げることであって、知識の量を増やすことではないわけです。

 では、「その場で適切な方法を思いつくことができる自分」になるためにはどうすればよいでしょうか。

「同化」か「調節」か

 「同化」と「調節」という、心理学者のジャン・ピアジェが提唱した発達理論における概念があります。今回の文脈でそれぞれを説明すると、以下のようになります。

   
同化 使いやすいようにPCをカスタマイズする
調節 PCの操作方法に自分を慣らしていく

 便利そうな知識をストックしていくという姿勢は、「同化」といえます。一方、課題に直面するたびに適切な方法を思いつくという姿勢は、「調節」です。言い換えれば、前者は、自分が蓄積した「知識ストック」を目の前の課題にどうにかして当てはめようとするのに対し、後者は、課題に合わせて最適な方法を自分の中にある「材料」を使って組み立てていこうとするわけです。

 どちらの方法にも、一長一短がありますので、どちらが正解ということはありません。例えば、非常にシンプルで便利な方法があるのに、それを知らなかったばかりに、多大な手間と時間を浪費してしまうこともあるでしょう。

 ただ、もし普段から「便利そうな知識ストック」を習慣にしているのであれば、すなわち「同化」に重きを置いているということであれば、課題に直面した際に、すぐにストックに手を伸ばすのではなく、現時点の自分が持っている知識や方法を使って何とかできないか、すなわち「調節」の余地はないかを考えるようにすることは、“仕事潔癖症”の対策になります。

 そもそも、何かの役に立つ方法というのは、実際に「困る」状況に立たされた人が、「調節」を駆使することによって生みだすものです。そういう意味では、「困る」状況に身をさらす時間を増やす方が、方法を思いつきやすいことになります。そして、そのようにして思いついた方法は、「知識」ではなく「作法」として定着するようになります。

 例えば、「知識」である英単語の意味は、必死に覚えたとしても、時間がたてば忘れてしまうかもしれませんが「作法」である自転車の乗り方は、しばらく自転車に乗らなかったとしても忘れることはないでしょう。つまり、「困る → 考える → 思いつく → やってみる」というパターンを繰り返すことによって、「知識」ではなく「作法」がストックされていくわけです。これが、方法を組み立てるための「材料」となり、その場その場で最適な方法を思いつくための“土台”となるのです。

“鉛筆”で済ませられないかを考える

 前回の記事で、「アレンジしすぎることによる弊害がある」と書きましたが、自分なりにしっくりくる方法を編み出せるようになると、その方法に頼るようになります。すると、それはいつしか「知識」になってしまい、知らず知らずのうちに「同化」を目指すようになるのです。

 苦労を重ねて開発に成功した“ボールペン”も、その便利さに頼るあまり、“ボールペン”が使えないという状況を許容できず、何が何でも“ボールペン”で押し通すという過剰な「同化」を引き起こすわけです。

 “ボールペン”が使えないのであれば“鉛筆”を使う、という切り換えができるようになるためには、時折「そもそも、今やろうとしていることというのは何をすれば終わったことになるのだろうか?」という自問をしてみることです。こうすることで、現実に合わせた「調節」ができるようになり、それが新たな方法を思いつくことにつながります。

 「調節」の結果生まれた方法は「同化」が進行しすぎないうちに再び「調節」によってリニューアルする、というパターンを繰り返していくことで、仕事のレパートリーは確実に広がっていくでしょう。

筆者:大橋悦夫

仕事を楽しくする研究日誌「シゴタノ!」管理人。日々の仕事を楽しくするためのヒントやアイデアを毎日紹介するほか「言葉にこだわるエンジニア」をモットーに、Webサイト構築・運営、システム企画・開発、各種執筆・セミナーなど幅広く活動中。近著に『「手帳ブログ」のススメ』(翔泳社)がある。


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