会社での役割を越えた言動が、自分も周囲の人間も苦しめる。合わない服を着るのはやめ、心の採寸をしてみませんか。
ビジネスパーソンが常に向き合わなくてはいけない“ストレス”。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。
ITエンジニアのFさんの上司は、非常に仕事のできるバリバリさんです。Fさんは長い間、尊敬するバリバリ上司の下で、私生活を犠牲にして働いていました。
仕事ができるバリバリ上司は家庭を持たず、生活のすべてを会社にささげるようにして働いていました。Fさんも、それが企業人として理想的な姿だという価値観を、何の疑問も持たずに継承したのです。
指示に従って迅速に行動できる部下になることをバリバリ上司から要求され、Fさん自身もそうなることを目標にしてきました。忠実なるフォロワー(付いていく人)だったのです。
そんなとき、社内で組織改革があり、バリバリ上司が昇進しました。同時にFさんも上司の引きで昇進しました。部下を持つようになったFさんは、それまでバリバリ上司が自分に示してきたとおりに部下に接しました。私生活を犠牲にして会社中心の生活をし、自分の指示に必ず従うことを要求したのです。
部下は誰もFさんに付いてきませんでした。部下からはそっぽを向かれ、バリバリ上司からは「指導力がない」と叱責され、味方のいなくなったFさんは心も体も疲弊してしまいました。そんな状態でカウンセリングの扉をノックしたのです。
現在ビジネススクールでよく取り上げられているリーダー論は、ハーバード・ビジネススクール教授のジョン・コッター氏による、リーダーとマネージャを対比させたモデルを基にしています。このリーダー論をベースに、リーダー、マネージャ、フォロワーの役割と目的を見てみましょう。
リーダーの役割:変化へ対応すること
リーダーの目的:課題を達成すること
*現代に多く見られるフラットな組織では、より多くの人がリーダーシップの発揮を求められているといわれます。
マネージャの役割:複雑な組織を調整すること
マネージャの目的:情報から知識、知識から知恵を生み出し、組織内で共有すること
フォロワーの役割:目的達成の実践者であること
フォロワーの目的:課題を達成すること、自己成長、スキルアップ
リーダーの目的はフォロワーをつくることではありませんが、フォロワーなしにはリーダーはリーダーたり得ず、課題達成という役割を果たせません。
それではフォロワーはリーダーにとって目的達成の手段なのでしょうか。その答えは否です。なぜなら、フォロワーは主体的な意思を持った個人だからです。リーダーにとってフォロワーは、目的でも手段でもありません。フォロワーはリーダーのパートナーでもあるのです。目的達成のための道を共に歩むパートナーなのです。
これら3つの役割に当てはめると、Fさんは昇進前はフォロワー、昇進後はマネージャ、バリバリ上司はリーダーということになります。
F さんは、心から尊敬しあこがれの存在であるバリバリ上司と自分を比較し、「バリバリ上司に比べてできない私」という低い自己評価を常に抱えていました。昇進後は「私もバリバリ上司のようにならねばならない」という完ぺき志向を持って、必死でマネージャの役割を果たしてきました。
その結果、「私が上司に対してそうしたように、あなたたちも私に付き従うのが当然でしょう」という無意識の思いを、部下たちに押し付けることになってしまったのです。人一倍きまじめで責任感が強く、モチベーションの高い人ほどこうした状況になり、悩みを抱え込むことがあるようです。
Fさんはマネージャでありながら、リーダーとしてのバリバリ上司をお手本にしていたため、リーダーとしての振る舞いもしていました。そのことで余計に自分を苦しめていたのです。Fさんはこれらのことに、カウンセリングを通してだんだんと気付くことができました。
立場によって役割や目的は異なります。その境界を越えた言動が円滑な運営を滞らせてしまうことは、どの組織にも起こり得ることのように思います。
上記のリーダー、マネージャ、フォロワーの役割と目的は、職場という枠組みの中で存在するものです。勘の良いあなたはすでにお気付きかもしれませんね。役割を担う1人1人は個性ある人であるということを。
要求される役割に応えるかどうかを決めるのは個人ですが、組織の枠にとらわれていると、そのことが見えにくくなってしまうと私は考えます。組織の中であなたがどのポジションにあろうとも、最終的な行動選択はあなたができるのです。
あなたはどのポジションでしょうか。
そんなとき、自分自身がどの立場にあるかを再確認し、その役割と目的を整理してみることをお勧めします。そのうえで、いま自分ができること、できないこと、できるようになりたいことをあなたの持つ価値判断で見つめ直してみることができるのだと思います。
「私は体型に合わない上司というスーツを、無理やり着ていたのですね。似合わないし、窮屈で動きにくいわけです。自分の言動に無理があるから、心にも体にもその無理が出ていたのですね」。そう理解できたFさんは、カウンセリングの中で自分の良さに気付き、それを仕事に生かす方法を構築していきました。
自分の思いの伝え方、部下に期待することを整理して適切に伝えること、振る舞い方なども、カウンセラーとのロールプレー(対話経験)の中で身に付けていったのです。
さらにバリバリ上司との関係では、自分と上司との役割を整理しました。そのうえで、上司に判断を委ねるべき問題については、上司に返すことを選択できるようになりました。そのことでバリバリ上司との関係も、部下との関係も、Fさんの中で整理され改善されました。何よりもFさん自身が、自分の心に合ったスーツを着る心地良さを実感できるようになったのです。
あなたもカウンセリングで、自分の心の採寸をしてみませんか。
事例については個人のプライバシー保護に配慮し、いくつかの事例から特徴的な部分を取り出しブレンドした形で掲載しています
シニア産業カウンセラー、 日本産業カウンセラー協会認定キャリア・コンサルタント、日本オンラインカウンセリング協会認定オンラインカウンセラー、 家族カウンセラー協会認定家族相談士。子育て相談、保育士人材育成の仕事在職中にカウンセリングを学び資格を取得。転職支援センターのキャリアコンサルタントを経て、現在ピースマインドでカウンセラーを務める。職場のメンタルヘルス、キャリア、家族関係、夫婦問題とカウンセリング分野は幅広い。「カウンセラーは相談者の伴走者」と考え、「出会い」「気付き」の中に生まれるエネルギーに心動かされる日々だという。なお、ピースマインドが提供する「ストレスCheck」を@IT自分戦略研究所で試してみることもできる。
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